ティアーズ・フォー・フィアーズの1年ぶりのセカンド・アルバムは前作とは比べ物にならない大ヒットを記録しました。「ザ・ハーティング」を愛でていた私にとっては、とても信じられない出来事でした。まさか、そんなに大ブレイクするとは。嬉しい誤算でした。

 この頃、日本でも定着していたMTVからは、どうにもこうにもリズムが同じような曲ばかりが流れてきていて、いささか食傷気味でした。そこに本作からシングル・カットされた「ルール・ザ・ワールド」が登場、そのミディアム・テンポなリズムが物凄く新鮮でした。

 この曲はあれよあれよという間に全米1位を獲得します。英国では先にシングル・カットされていた「シャウト」も全米1位となり、余勢をかってアルバムも全米1位に輝きました。イギリスでは2位どまりでしたが、全世界では1000万枚を超える特大ヒットとなっています。

 こんなに売れるとは本人たちは全く思っていなかったそうです。それはそうでしょう。前作が心理療法に係わる内容でしたし、本作も原題の「ソングス・フロム・ザ・ビッグ・チェア」はテレビ映画からで、多重人格者が安らぎを感じる精神科医の大きな椅子のことです。

 主要メンバーの一人カート・スミスはタイトルが「アルバムが僕らにとってセラピー的なものだということを示しているわけさ」と解説しています。そんな音楽を大ヒットにつなげたのは、プロデューサーのクリス・ヒューズとレコード会社の信念でした。

 元アダム&ジ・アンツのクリスはバンドにアメリカの音をどんどん聴かせたそうで、それから彼らはスティーリー・ダンやブライアン・アダムス、ブルース・スプリングスティーンなどを聴くようになり、「おかげでものすごく幅が広がったよ」ということです。

 実際、本作を聴いた時に、良い意味でアマチュアっぽかった前作と対比して、随分とプロっぽくなったなと思ったものです。若気の至りはまるでなく、すみずみまでしっかりと音が構築されています。これはヒットしても全くおかしくない。見事なサウンドです。

 シングルのBサイドには面影があるものの、アルバムはエレクトロ・ポップでありながら変態風味はなく、よりオーガニックであり、むしろスタジアム・ロック的でもあり、ソウルフルでもあるというまるで卒のないサウンドです。

 全8曲中5曲がシングル・カットされるという、いわばベスト盤的な内容であるにも関わらず、全体を貫く、ポップなのに重い統一感が素晴らしい。いきなりスタジアム向きの「シャウト」でスローガンをシャウトしてから、最後の「リスン」まで息つく暇もありません。

 別バージョンでシングル・カットされた「アイ・ビリーヴ」はロバート・ワイアットに捧げられており、B面はワイアットの名曲「シー・ソング」のカバーでした。このことは彼らのサウンドの目指すべきところを見失っていないことを物語っているようで私には大そう嬉しい話でした。

 商業的な大成功は彼らに大変な思いをもたらすことになるのですが、それは恐らくは彼らの音楽にあるセラピー的な意味合いが増幅させているのだと思います。セラピーが必要な多くの人が惹きつけられ、そして救われたことでしょう。それはそれは素晴らしいことです。

Songs From The Big Chair / Tears For Fears (1985 Mercury)