前作から三年、初めて顔のアップでないジャケットでソロ・アルバムが発表されました。しかも踊っています。何と明るいフィル・コリンズでしょう。ただ、本作ばかりはジャケットの再現度が今一つです。やはり60歳を過ぎてこの躍動感を完全に再現するのは難しかったようです。

 3年の間に、フィルは完全にソロ・アーティストになってしまいました。ジェネシスから脱退したんです。ついでに2番目の奥さんと破局を迎え、3番目の奥さんとなるべき女性とのロマンスが始まっています。落ち込むことも出来そうですが、ここはとてもポジティブです。

 前作が完全ソロ・アルバムだったのに対し、今回はプロデューサーにヒュー・パジャムを再起用していますし、一人で何でもやらずにしっかりとミュージシャンを入れています。前々作以前の制作スタイルに戻っているわけです。一人でやるのも大変なんでしょう。

 今回の布陣は、フィルがジェネシス加入以前に結成していたフレイミング・ユース仲間のロニー・キャリルとお馴染みダリル・ステューマーがギター、フォープレイで知られるネイサン・イーストがベース、ブラッド・コールのキーボードと少数精鋭です。

 ここにボーカリスト二人、そしてアース・ウィンド&ファイヤーから交代したヴァイン・ストリート・ホーンズを加えただけです。全曲が同じ布陣で演奏されているわけで、まるでバンド・スタイルとなっています。そのためか、全体に柔らかい感じがいたします。

 それにフィルはファンからの意見もいれて、ドラム・マシーンを使わずに全編にわたって自らドラムを叩いています。そのリズムがこの当時ユッスー・ンドールなどの活躍によって認知度が高まっていたアフリカンを取り入れていて、これもオーガニック・サウンドに寄与しています。

 さらにこのアルバムは多くの曲がギターを中心に組み立てられています。それも従来のキーボード・ギターではなくて、真正ギターを前述の二人に加えてフィル自身が弾いています。さらにヒュー・パジャムはフィルの声を柔らかく録っています。

 そんなこんなで従前のフィルのサウンドからすれば随分と柔らかでオーガニックになっています。結果は商業的には主戦場たる全米で23位、英国では4位というフィルにとっては大変残念な結果に終わりました。普通は大ヒットと言ってよい数字ですが。

 アルバムにはピーター・ガブリエルの「ビーコ」の向こうを張ったわけではないでしょうが、南アのことを歌った「リバー・ソー・ワイド」を始め、何らかの自由について歌った歌が多くを占めています。ディランの「時代は変わる」もその一つといえば一つです。

 さすがに良い曲ばかりが並ぶ佳作ですが、オール・ミュージックのレビューで各曲が1分ずつ長いと指摘しているのには唸ってしまいました。CD時代の悪弊の指摘です。その通りと思う反面、こうしたずるずるした演奏もこれはこれで乙なものだとも思います。

 小ネタです。この頃、ラッパーのアイスTの自宅がテレビに映され、そこにフィルの全CDが並んでいるのを見つけたレポーターが馬鹿にしたところ、アイスTが猛然とフィルを擁護したそうです。フィルは大そう嬉しかったと語っています。何だかいい話です。

参照:Phil Collins Interview GQ 1996

Dance Into The Light / Phil Collins (1996 Face value)