現代音楽を中心とするドイツのヴェルゴ・レーベルは1962年に設立されましたから、2012年にちょうど50周年を迎えました。これを記念してヴェルゴのカタログから選りすぐった作品を5枚収めたボックス・セットが発売されました。本作品はその中の1枚です。

 収められた作品は、米国の現代音楽の巨匠ジョン・ケージの「打楽器のための作品」です。1939年から1943年までに作曲された作品ですから、ケージはまだ30歳前後、シェーンベルクに学んでまだ間がない頃の作品ばかりです。

 最も古い曲は、ケージのトレードマークともなるプリペアード・ピアノ考案前だと言えばどれだけ初期かわかるというものです。ここには後の仙人のようなケージの姿ではなく、シェーンベルクの音楽に影響された楽曲が収められています。

 演奏しているのは、エリオス・カルテットです。このカルテットはイザベル・ベルトレッティ、ジャン・クリストフ・フェルドハンドラー、フローレン・アラジャン、ル・クアン・ニンの四人の打楽器奏者からなるユニットです。読みは正しいでしょうか?

 彼らは1980年に出会っていますが、カルテットの結成は1986年のことです。きっかけはケージの初期の打楽器作品への情熱を共有していたことにあるそうです。まさにこのアルバムを録音するに最適なユニットであることが分かります。

 カルテットは3年間にわたり、ケージの作品をレパートリーとして各地で演奏を続け、満を持して制作したのがこのアルバムです。具体的には1989年にフランスはヴァンドゥーヴル=レ=ナンシーにあるアンドレ・マルロー文化センターでのライヴ録音です。

 収録された曲は、「構造」の第1番から第3番まで、「心象風景」第2番、「アモーレス」、「ダブル・ミュージック」、「彼女は眠っている」の計7曲です。いずれもほぼすべてパーカッションによる演奏です。打楽器以外ではプリペアード・ピアノ、ほら貝、声などが聴こえてきます。

 演奏風景の写真を見ると、ステージで半円型に四人が陣取っており、その前にはさまざまな打楽器が置かれています。小太鼓に大太鼓、タムタムやら何やらかんやら。後ろには銅鑼も見えますし、ちょうど一人はほら貝を吹いているところが写真に収まっています。

 ケージは1933年にザッパ先生の師匠エドガー・ヴァレーズの「イオニザシオン」の初演を聴き、映像作家オスカー・フィッシンガーとの会話を経て、すべてのものには魂が宿っており、それを解放できるのは音楽家だけだと信じるに至ったそうです。

 周りのものを何でも叩く「居間の音楽」に顕著なように、そのためには打楽器が最もふさわしい楽器になります。西洋音楽ではわき役だった打楽器をインド音楽などにも学びながら主役に押し上げたのがケージの功績だと言ってよいかもしれません。

 カルテットの演奏は、すき間だらけのケージの曲を実に艶っぽく聴かせます。パーカッションはやはり魂の楽器、炎の楽器です。妙なるリズムを楽しげに演奏する彼らには、太鼓の魂が解放されて昇天していくさまが目に見えていたのではないでしょうか。

John Cage : Works for Percussion / Quatuor Hêlios (1991 Wergo)