セイラーの3枚目のアルバムです。前作の成功を受けて力の入ったアルバムではあるのですが、前作発表後にあろうことか米国ツアーを敢行しており、そこでの挫折が間に挟まっているので、必ずしも順風満帆な道のりを経た作品というわけではありません。

 アメリカン・ツアーは元キンクス、現セイラーのマネージャーのロバート・ウェイスによって決定されました。セイラーのサウンドが米国向きでないことくらい分かりそうなものですけれども、それは後知恵に過ぎないのかもしれません。まだ1970年代半ばですし。

 ドラムのグラントによれば、「無力感にさいなまれたよ。スティーヴ・ミラーが同じ町のメイン・ホールを満員にしている傍らで、60人の観客の前で演奏したんだ」ということです。奇しくもスティーヴ・ミラーには「セイラー」という作品がありましたね。

 6週間にわたる旅を終えて戻ってきたセイラーは新たなアルバムの制作に取り掛かります。そうすることが救いだったんでしょう。その感情を新作にぶつけたという見方もできます。何よりもうれしそうな様子が伝わってくるのが本作品の良いところです。

 アルバムからは「ワン・ドリンク・トゥー・メニー」がシングル・カットされてトップ40入りするヒットになりました。いかにもウィットに富んだ歌詞を擁するこの曲は、次の「ギヴ・ミー・ラ・サンバ」とともに彼らのライヴのオープニングの定番となっていきます。

 やはりライヴでのトラウマがこうしてライヴ向けの力強くて機知にとんだ曲を作り上げる一助になったのではないでしょうか。あいかわらずエレキギターをバリバリ弾くタイプではないバンドとしてもライヴ・フレンドリーな曲が必要でありました。

 一方で、アメリカ・ツアー中にできた曲もあります。「クエイ・ホテル」がそれです。ゲオルグ・カジャヌスがビバリーヒルズのホテルのバーで見かけた恐ろしくピアノの上手いトランスヴェスタイトのエンターテイナーに触発されてできた曲だということです。
 
 相変わらず彼らのポップ・センスは素晴らしいです。時代に寄り添ってはいない彼らですから、売れないのは致し方ないのかもしれませんが、それにしてもデビュー時期がもう少し早いか遅いかしていれば違ったのではないかと思います。まかり間違えば売れていたのでしょう。

 本作でもゲオルグの12弦ギターを中心にニケルオデオンを含め、さまざまな楽器を用いて制作がなされました。チャランゴやカリオペ、シンセ・ストリングにシンセ・ホーン。相変わらず音楽レビューの世界が繰り広げられますが、印象は随分開放的になりました。
 
 箱庭世界的に、自らディテールにこだわって世界を作り上げた創造主の立場から離れ、被造物としてのアイデンティティーを確認するかのように素直な音作りが先に立つようになってきたと言えるのかもしれません。米国の観客の目にさらされて力強くなりました。

 アルバム最後の「クエイ・ホテル」からインストゥルメンタルな「メランコリー」に流れる部分は圧巻です。閉じた世界から開けた世界へと至る中間に立っているかのような充実ぶりで情報量が多い気がします。極上のポップセンスが光る力作です。

The Third Step / Sailor (1976 Epic)