フランク・ザッパの膨大な音源を管理する妻ゲイルによるヴォールターナティヴ・レコードの新シリーズ「ロード・テープス」です。第一弾となる本作品は1968年8月25日に行われたカナダ、バンクーバーのケリスデール・アリーナでのライヴ録音です。

 ザッパ先生はほとんどのステージを録音していましたが、自身の移動スタジオ、UMRKモービル・スタジオを購入するまでは、それぞれの会場で機材を借りての録音となっていました。そのため、機材の質によって録音の質にばらつきが生じてしまいます。

 その結果、ロンドンやニューヨークなどの大都市ならばしっかりした機材で録音することができましたが、そうでない地方都市などではせっかく満足のいく演奏が出来たにもかかわらず、十分なクオリティーでの録音ができなかったと先生は残念がっています。

 「ロード・テープス」は、演奏の質は十分に高いけれども、そうした録音に多少問題がある、ゲイル曰く「ゲリラ・レコーディングス」を発表してしまおうというシリーズです。その趣旨からして初期の演奏が中心になるところが歓迎ポイントの一つです。

 本作品は1968年8月ですから当然マザーズ・オブ・インヴェンションの演奏です。メンバーは8人、人気の高い10人マザーズになる直前の姿です。レコードで言うと「ウィ・アー・オンリー・イン・イット・フォー・ザ・マネー」と「ルーベン&ジェッツ」の間です。

 このアルバムの目玉はアンコールで演奏される「オクタンドレ」です。これはザッパ先生の敬愛する現代音楽作家エドガー・ヴァレーズの作品です。それ以上アンコールが求められないように演奏するんだと先生の前振りがあって演奏に入ります。

 この演奏はゲイルのハートを射抜きました。「恐らくはヴァレーズ本人も驚くだろう」と言う演奏は素晴らしいことこの上ありません。いかにヴァレーズの音楽とザッパ先生の音楽が地続きであるかということがよく分かります。バンドのみんなも頑張りました。

 観客の反応も大変よろしくて、結局、この後、さらに「キングコング」を演奏することになりました。「私たちのやっていることを好きでいてくれるようで驚いた」と締めくくるザッパ先生にとっても満足のいくコンサートであったことでしょう。私も大満足です。

 しかし、録音はモノラル・テープを使っていて、「トラブル・エヴリデイ」では変な音が入ったりしていますし、「キングコング」に顕著なバランスの悪さなどもあり、なかなか発表されなかったことは理解できます。とはいえ海賊盤に比べれば圧倒的に質はいいです。

 そもそも1968年当時のライヴ録音ですから、ちゃんとした機材を使ったところでたかが知れていますし、むしろモノラル録音など味わいが深くて私は全く気になりません。それよりも、ここで聴かれる当時のマザーズ・オブ・インヴェンションの凄さに圧倒されます。

 後のアルバムで発表される曲がたくさん出てきますし、20分に及ぶ「オレンジ・カウンティ・ランバー・トラック」などは名曲をてんこ盛りにして楽しいです。先生のギターの綺麗な音色も独特の味わいですし、ジミー・カール・ブラックとロイ・エストラーダのリズムも素敵です。

Road Tapes, Venue #1 / Frank Zappa (2012 vaulternative)