MSシュブラクシュミは正真正銘インドの大歌手です。意外に外国で有名でも国内ではさっぱりという人もいますが、このシュブラクシュミは国の内外を問わず、極めて高い評価を得ている楽聖と称してもよいような女性です。

 彼女を紹介する際によく語られるのは、音楽家として初めてバーラト・ラトナ賞を受賞したというものです。この賞はインドの民間人を称える最高峰の褒章です。ちなみにラヴ・シャンカールはシュブラクシュミの翌年に受賞しています。

 さらに国際的には、アジアのノーベル賞とも言われるマグサイサイ賞の栄誉に輝いています。日本では賞は差し上げていませんが、「たまたま古レコード屋で見つけ、よくわからずに買ってきて、長年愛聴してる」とミュージック・マガジンの中村とうようを虜にしています。

 インドの古典音楽は北部のヒンドスタニと南部のカルナティックに大別されますが、彼女は南部タミール・ナド州出身でカルナティックの第一人者です。インドの古典音楽は何といっても声楽にとどめをさします。その最高峰ですから凄いことです。

 このアルバムはスブラクシュミの歌う古典を3曲収録しています。サレガマ・レコードの中でニルヴァーナ・シリーズと名付けられた一連の作品の一つです。どうやらこのシリーズは宗教的な歌、デヴォーショナルな歌を中心に編まれているようです。

 最初の曲はアルバム・タイトルともなっている曲です。ヴェンカテッサはヴェンカテシュワラ、すなわちヴィシュヌ神の化身の一つで主に南部で信仰されている神様です。歌はラーマーヤナなどにも使われる伝統的な詩節シュローカです。

 これを毎朝唱えるとヴェンカテシュワラ神が恩恵を施してくれるそうですから、ちゃんと唱えないといけません。続く2曲はルパカムと呼ばれるカルナティック古典音楽の曲で、それぞれ前世紀の著名な作曲家の手になる作品です。

 シュブラクシュミの伴奏を務めるのはRSゴパラクリシュナンのインド式バイオリンとTKムルティのムリダンガンと呼ばれる太鼓です。クレジットはこの二人だけなのですが、一緒に歌っている歌手もいますし、ヴィーナの音もしてきます。

 さらに言えば、そもそもいつの録音か書いてありません。CDは2004年発売ですが、この年に彼女は亡くなりました。そして、彼女は1997年に夫が亡くなると人前での演奏を止めています。いつか分かりませんが、若すぎもせず年寄りすぎもしないちょうどいい時期です。

 ここでの彼女の歌は、ブックレットに「リサイテッド」と書いてある通り、詩を朗読していると言ってよいです。ただそれがとてもリズミックで流れるようです。これもラップだと言ってしまいたいところです。サンスクリットに生き生きとした命が吹き込まれ、踊っているようです。

 玉のような声というのとは違い、力強い声で聴く者を圧倒して、宇宙に飛ばしてくれるようなそんな歌です。古典音楽、宗教音楽という括りではありますが、やはりこれはラップだと言った方が分かりやすい。天上から降りてきたラッパーであろうかと思います。

参照:「中村とうようアンソロジー」(ミュージックマガジン社)

Sri venkatesa Suprabhatam / M.S. Subbulakshmi (2004 Nirvana)