これはラップです。テキストがあるのでそう言ってはいけないのでしょうが、フリースタイル・ラップです。ムーグ・シンセサイザーによるサウンドを背景に早口のスポークン・ワードが繰り出されるわけですから、もうラップ以外の何物でもない。

 ただしラップしているのはロバート・アシュリー、惜しくも2014年に亡くなってしまいましたが、米国現代音楽の巨匠の一人です。そしてシンセサイザーを操っているのはポール・デマリニス、この方も米国のサウンド・アーティストです。

 そうです。二人はヒップホップからは最も遠いところにいるアーティストです。この作品も本人の手によって作品の意味合いが解説されており、現代音楽の作品であることをしっかり主張しています。ただ、そんなこと言っても、やはりこれはラップです。

 アルバムにはタイトル曲が1曲だけ収められています。「サラ、メンケン、キリスト、そしてベートーヴェン、そこには男と女がいた」です。聞き覚えのある人もいるかと思いますが、オルタナ・ロックのトータスのアルバムにも同名の曲がありました。

 これは米国のアウトサイダー詩人ジョン・バートン・ウォルガモットによる詩です。ウォルガモットは職業詩人ではなく、一冊丸ごと128詩節からなるこの詩も自費出版されたものです。ほとんど埋もれていたものに光を当てたのがアシュリーによるこの作品です。

 「それぞれの詩節が、4つのバリエーションが登場するという同じフレーズで形成されている。うち3つは名詞、または名詞のグループ、名詞の構造体であり、4つ目は能動型動詞の副詞型である」です。要するに同じ構造をもった詩節が128回出てくる。ラップです。

 そして「その結果は、英語文において、最も非凡で、難しい言語的テクスチャーとなった」とアシュリーは言います。アシュリーはこの詩の意図を解き明かしたと自負し、ウォルガモットの居場所を突き止めて会いに行った際には嬉しそうに彼に話しています。

 その意図とは「すべての節が、息継ぎなしでの発音が可能であること」「それ以外の方法は不可能であること」がそれです。アシュリーはこの解釈に従って、128節をすべて読み上げたものを録音し、それを繋げてから、様々な伴奏の試みを始めます。

 これは出来上がった2種類のうちの一つで、ムーグ・シンセサイザーの達人ポール・デマリニスが作り上げた「7つの異なるモジュールによるコンビネーション」からなっています。時は1974年、ムーグもまだまだ駆け出しの頃です。懐かしい電子音が響きます。

 アシュリーの声はもちろんいつものように眠たそうなのですが、ここではとにかく息継ぎなしの早口で言葉が速射されています。名詞やら何回も繰り返される単語の中には聞き取れるものもありますが、意味がとれるほどではありません。ネイティヴの人はどうなんでしょう。

 ヒップホップではありませんからビートはないのですが、これだけしゃべっていると自ずとそこにリズムが生まれます。さらに演奏はクラウト・ロックないしプログレ的電子音の洪水ですから、聴いているととても心地良く脳髄を刺激されます。ぜひラッパーに聴いてほしいです。

In Sara, Mencken, Christ and Beethoven There were Men and Women / Robert Ashley (1974 Cramps)