松田聖子の1983年春盤です。「セイシェルの色にそまり、いま こころはあなたへのシンフォニー、聖子。」ということで、これからやってくる夏のお供にぴったりなさわやかなアルバムになりました。「ユートピア」と題された本作品も当然オリコン1位を獲得しています。

 どきっとする表情のジャケットは、妖精と言われた歌姫オリビア・ニュートン・ジョンの「水の中の妖精」へのオマージュとされています。聖子ちゃんカットはオリビア発祥と言われています。えっ、そうなの、と思ってしまいますが、よく見ると確かにそのようです。

 松田聖子のインスピレーションの一つに「そよ風の誘惑」の頃のオリビアの歌があるのは間違いないでしょう。しかし、この頃のオリビアはむしろレオタードで「フィジカル」のイメージが強いです。我らが聖子ちゃんも後にステージではフィジカルっぽいことをやっていましたよね。

 先行するシングルはまず呉田軽穂こと松任谷由実の「秘密の花園」、そして細野晴臣の「天国のキッス」の2曲です。作詞は当然どちらも松本隆です。両曲ともに貫禄のオリコン1位を獲得しています。どちらもさすがにいい曲です。

 とりわけ細野晴臣の「天国のキッス」は松本隆も認める傑作です。以前の提供曲では迷いがみえたような気がしましたが、この曲は完璧です。編曲も細野が担当していて、ベースも自身が弾いています。さすがにカッコいいです。

 松田聖子のアルバム作りは先行するシングルを所与のものとして、その居心地のよい場所を用意しながら、一気につくってしまおうというものであるようです。とはいえ、やはりシングル曲を除いた方がアルバムとしての統一感が出てくるようにも思います。

 シングル以外のアルバム曲の提供は、財津和夫が2曲、大村雅朗、来生たかおが1曲ずつ、新しいところでは杉真理と上田知華が1曲ずつ、甲斐祥弘が2曲です。杉と上田はこの頃ヒットを飛ばしていたニューミュージックのシンガーソングライターです。

 そして甲斐祥弘は言わずと知れた甲斐バンドのリーダーです。この取り合わせは意外でした。同じ福岡出身ということで仲が良かったのでしょうか。そしてまた彼の2曲が可愛らしい。「ハートをRock」はフィル・コリンズの「恋はあせらず」を思わせるロックンロールですし。

 本作のアルバム曲で人気が高いのは来生の「マイアミ午前3時」と大村の「セイシェルの夕陽」でしょうか。どちらもしっとりした海のイメージが、この頃のキャンディボイスに良く似合う素敵な曲です。こういうのがあるからついアルバムに手が伸びてしまいます。

 松本隆の歌詞はあいかわらず俳句のようで言葉選びが巧みです。ただ、当時は彼の描く女の子像に違和感がありませんでしたが、今となっては少し厳しい気がしないではありません。本作では一曲だけ松田聖子本人が作詞しています。こちらは強い女の子で嬉しい。

 松田聖子の声はハスキーの度合いが前作よりも少し進んで、これまた違う味わいです。また違う表現力を身につけたようで、これはこれで一つの頂点なんでしょう。レコード大賞でベストアルバム賞を受賞したのも当然のことです。

Utopia / Seiko Matsuda (1983 ソニー)