このアルバムを発表した時、ジョン・ハッセルは御年81歳でした。ミック・ジャガーですら後期高齢者になった現在、その年齢だけで驚くわけにはいきませんが、サウンドを聴いて心底驚きました。若い頃の作品よりも若い。恐るべき年寄りです。

 現代音楽史とプログレッシブ・ロック史にまたがってその名を残すジョン・ハッセルの9年振りの新作です。「アンビエント~アヴァン界のチェット・ベイカー」は、今や次世代を担うクラブ・ミュージックの世界にも多大な影響を与える存在です。

 ハッセルはかつて「第四世界」シリーズの連作を発表していました。本作は新たな「ペンティメント」と呼ばれるシリーズの第一弾です。80歳を超えてから、新たなシリーズを始める意気込みが凄い。繰り返しますが恐るべき年寄りです。

 「ペンティメント」とはイタリア語で、制作過程で変更され、上塗りされたはずのイメージや筆遣いがかすかに浮いて見えることを指す言葉です。ハッセルはこの言葉を知って、絵画には地層のように時間が埋め込まれていることに思いを馳せ、そこに音楽を聴きます。

 それが「リスニング・トゥ・ピクチャーズ」です。その「ピクチャーズ」とは直接的には彼のソウル・ブラザーのマティ・クラーワインの絵画であり、彼とその家族と一緒に過ごした時の写真のことです。それらの一部はジャケットとブックレットに掲載されています。

 マティはドイツ生まれの画家で、マイルス・デイヴィスの「ビッチェズ・ブリュー」及びサンタナの「天の守護神」のジャケットを描いて一躍有名になりました。ハッセルの作品でも「マラヤの夢語り」などのジャケットを手掛けました。しかし、惜しくも2002年には亡くなっています。

 マティの絵画に、生涯の思い出が上塗りされていきますが、そのどれもが完全には消えてしまわない。まさにペンティメントです。空間が移動することによって時間が生じ、絵画から音楽が現れてきます。そのことをテクノロジーを駆使して表現したのがこの作品です。

 本作品制作のコアメンバーは4人となっていますけれども、前作がバンド・アンサンブルを中心としていたのに対し、アルバム制作意図を反映してスタジオでミックスを繰り返す作風に戻っています。しかも、ハッセル以外の3人は楽器の他にエレクトロニクスも駆使します。

 さらに音の中では最も情報量が多いとされるホワイト・ノイズ的なサウンドが多用されていることにハッセルの意図を感じます。音を重ねに重ねるとホワイト・ノイズに近づくわけで、そこからオブスキュアに立ち上ってくる幽霊のような姿が本作の聴きどころです。

 ハッセルのシートのような音のするトランペットは控えめに存在を主張していますけれども、アルバムのサウンドは時に激しいリズムをまじえたエレクトロニクスなものです。たとえば、コンゴのドラムなどワールド・ミュージック的要素とクラブ・サウンド的な電子音楽の混淆です。

 それが何層にも折り重なっており、どこに耳を向けるかによって音の表情が変わってくるかのようです。恐らくその一つ一つが一枚の絵。それが重なりあって世界が出来ている。そんなことを再確認させてくれる音楽です。80年の年輪のなせる業でしょう。

Listening To Pictures / Jon Hassell (2018 Ndeya)