ジャケットに写るブライアン・イーノはばっちりお化粧しています。そうなんです。このアルバムを発表した頃のイーノは妖艶なポップスターだったんです。ロキシー・ミュージックを脱退した後、まだソロ・アルバムを発表する前の作品です。

 今ではイーノと言えばアンビエントですけれども、その姿を知ってしまってからこの作品を聴くのと、そうでないのとでは雲泥の差があります。私も初めて聴いた時には、なんじゃこりゃ、と思ったものですが、アンビエント開眼後は愛聴しておりました。

 ミスター・キング・クリムゾンのロバート・フリップはロバート・ワイアットのバンド、マッチング・モウルのアルバム制作中にイーノと意気投合し、やがてイーノの自宅で本作品収録の2曲のうちの1曲、「ヘヴンリー・ミュージック・コーポレーション」を録音します。

 フリップはもちろんギターを弾いています。イーノはと言えば、テープ操作のみです。使用機材にはギブソン・レス・ポールとフリップ自作のペダルボード、そして2つのテープ・レコーダーだけ。後のフリッパートロニクスに向かうヘヴンリーなギター・サウンドが響き続けます。

 クラブ世代のカリスマ、ジ・オーブのアレックス・パターソンはこの曲のことを、「アンビエント・ルームでかける一番お気に入りのトラックのひとつなんだ。いろんなものをミックスすることができる」と語っています。DJにも楽しい素材なんですね。

 もう一曲は「スワスティカ・ガールズ」と題されました。こちらは約1年後にレコーディングされており、今度はイーノがシンセも使っています。そのため、音の表情は多彩になっていますし、デジタルなリズムも現れて、前曲よりも賑やかです。

 両曲ともに比較的単調なサウンドがLPで言えば片面全部を費やして流れていくわけですから、アンビエントの洗礼を受けていないロック耳には厳しかったです。一方、アンビエント以降の耳で聴くと、なぜにこれを単調だと思ったのかむしろ不思議な気がします。

 さすがは二人のスーパースターです。先鋭的なコンセプトを現場で試してみたという興奮のようなものが伝わってきます。意外にもポップな表情を見せており、フリップのギターもよく聴けばキング・クリムゾンのギターです。ザ・プログレ的である力作です。

 手元にあるのは2008年リマスター拡大バージョンです。これには「ヘヴンリー・ミュージック・コーポレーション」の反転バージョンとハーフスピード・バージョン、「スワスティカ・ガールズ」の反転バージョンが同時に収録されました。

 反転バージョンはジョン・ピールによって1973年にBBCでオンエアーされたものです。もちろん事故、オープンリール・テープならではの事故です。イーノが電話で指摘したそうですが、冷たくあしらわれたというエピソードが面白い。

 回転数違いはアナログ・プレイヤーについていた機能です。私も時々間違えましたが、声が入らないと意外と分からないものです。音楽作品は作者の意図を離れた楽しみ方もできるのだということを実証している面白い試みです。

参照:めかくしジュークボックス(ザ・ワイアー、工作舎)

No Pussyfooting / Fripp & Eno (1973 EG)