アメリカのノン・レジデント・インディアン、カーシュ・カーレイの5作目のアルバムです。前作の「シネマ」からは5年ぶりとなりました。その後、カーレイはハリウッドで行われたマドラスのモーツァルト、ARラフマーンのコンサートで前座を務めています。

 さらにインド音楽とかかわりの深いジョージ・ハリソンの追悼コンサートにも出演していますし、ジョンとヨーコの「平和を我等に」をリミックスして、米国のダンス・チャートに送り込んだりと忙しい日々を送っていました。乗りに乗っていたわけです。

 そして完成した作品が本作品「アップ」です。レーベルの紹介文が熱い。「そのサウンドは、妖艶でトランシ―。高い人気を誇る実力派タブラ奏者/プロデューサー、カーシュ・カーレイ、5年振りの入魂作!」です。結構、紹介に戸惑うタイプのアーティストなのに頑張りました。

 さらに「超高速タブラ&インド伝統歌唱・楽器をプログレッシヴなエレクトロニカ/ロックと複雑かつ流麗にクロスオーヴァーさせた驚異の完成度」と続きます。一般にカーレイの音楽を紹介する時にはインド音楽とクラブ・ミュージックの融合としておくととりあえず間違いないです。

 その基本線上にありながらも、もちろん作品ごとに特徴があります。本作でまず目を惹くのは、約半分の楽曲で1970年代のハードロックを彷彿させるギターを弾きまくっているウォーレン・メンドンサの参加です。プログレ風味も漂います。

 ウォーレンはボリウッドの有名なソング・ライティング・チーム、シャンカル・エヘサーン・ロイの一人ロイ・メンドンサの甥なんだそうです。彼らも「ロック・オン」を代表に昔のロック寄りのサウンド・メイクをしていたことを思い出します。

 興味深いことに、地理的な広がりを持つクロスオーヴァー・サウンドには時間的な広がりも同居しがちだということです。最先端サウンドや流行に縛られなくて済むということなのでしょう。その分、自由度が高いだけにアルバム全体が色とりどりです。

 もう一人の新顔は「中国からのビョークへの返答」と言われる女性ボーカリスト薩頂頂(サー・ディンディン)です。彼女の新作をカーレイがプロデュースしたことから参加に至ったとのことです。ボリウッド調女声歌謡とは一線を画すおきゃんなボーカルです。

 中国とインドは戦争も経験した犬猿の中ですけれども、こうしてアーティスト同士が交流することは大変結構なことです。音楽に国境はありません。いよいよ中国からもこんなアーティストが登場してきたかと思うと、今後のシーンが俄然興味深くなります。

 エイジアン・マッシヴの波はすでに過去のものとなり、今やわざわざそのような形容をしなくてもよくなったくらいには国境が低くなりました。タブラやシタール、サーランギにバンスリと、使われているインド楽器もプログラミング・サウンドと見事に同居して違和感がありません。

 これまでの作品に比べると、さらにリズムがパワーアップしていることや空間的・時間的広がりが増していること、そして何よりもサウンドに風格が漂ってきたことが指摘できます。もはやカーレイは大御所の域に達しようとしています。

Up / Karsh Kale (2016 Six Degrees)