スティーリー・ダンと言えばハイセンスな職人ユニットのイメージがありますけれども、このデビュー・アルバムの頃はそうではありませんでした。むしろちょっと鈍くさい感じさえするアメリカのロック・バンド群の一つというイメージを私はもっていました。

 ジャケットのけばけばしい感じ、バローズの「裸のランチ」に出てくる「蒸気式張り型」からとったといういかにもなバンド名、そして何よりも6人の集合写真の何とも言えないあか抜けない感じ。とりわけ、ジェフ・スカンク・バクスターとウォルター・ベッカーの風貌。

 スティーリー・ダンはウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲンの二人のソングライティング・チームがプロデューサーのゲイリー・カッツと知り合い、彼がハウス・プロデューサーを務めるABCレコードとレコーディング契約を締結してデビューしました。

 もともとソングライターとしての契約だったものが半年しか続かず、アーティスト契約となったということです。この当時の通念に従って、ロックならバンド、バンドならツアーだということでレコード会社は迷いがありません。二人も新人でしたし、抗うことはできませんでした。

 というような事情は随分後で知りました。当時のライナーノーツなどは普通に6人組のバンドだと紹介していましたし、そこに疑いをはさむ余地もありませんでしたから。後の作品「彩(エイジャ)」や「ガウチョ」から遡って初めて得心がいくお話です。

 いずれにせよ、二人はレコーディングのためのアーティストを呼び寄せつつ、バンドとしての体裁を整えていきます。裏話としては、ヒットした「リーリン・イン・ジ・イヤーズ」でソロ・ギターを弾いている大物スタジオ・ミュージシャン、エリオット・ランドールには加入を断られています。

 さらに、ラウドン・ウェインライト三世やリック・デリンジャー、ニルス・ロフグレンにも断られたそうです。また、ボーカルのデヴィッド・パーマーは、フェイゲンが人前で歌いたくないことから呼ばれたんだとか。といろいろありますが、要するに最初から二人のユニットだったんです。

 このアルバムはリアル・タイムで本当によく聴いていたので今でも全曲覚えています。しかし、バンドとして聴いていた当時と、フェイゲン・ベッカーのユニットによる作品として聴いている今とは、同じサウンドながら別のアルバムのような気がしてきますから不思議なものです。

 このアルバムの全10曲はそれぞれが1曲ずつ実に丁寧に作られています。というようなことはバンドとして聴いていた時よりも、二人組作品として聴き始めてからの方がしみじみと身に染みてきます。そもそもメンバー以外の方が活躍していたりしますし。

 デビュー曲にしてトップ10ヒットとなった「ドゥ・イット・アゲイン」は、軽快なラテンのリズムに乗せて、執拗に同じメロディーを反復する名曲です。印象的なソロはエレクトリック・シタールによるもので、デニー・ダイアスのギター・サウンドに飽き足らなかった結果用意されました。

 これを筆頭に、それぞれの曲に二人の工夫が凝らされています。しかし、デヴィッド・パーマーの甘いボーカルが映える「ダーティー・ワーク」から「キングス」、「ミッドナイト・クルーザー」への流れなどは後の彼らからすればちょっとダサい感じで、そこがとても愛おしいです。

Can't Buy A Thrill / Steely Dan (1972 ABC)