今や英語は世界の共通語のようになってきました。しかし、そこには大きな誤解があります。共通語になりつつあるのは英語ではありません。ブロークン・イングリッシュです。この話はさる自然科学系の学会でユーモアたっぷりに披露されました。さすが科学者です。

 カーシュ・カーレイは1974年に英国でノン・レジデント・インディアン(NRI)の家庭に生まれました。しかし、早くも1977年にはニューヨークに両親とともに移住していますから、どこの国の人かと問われればインド系アメリカ人と答えることでしょう。

 カーレイはタブラ奏者であり、ドラマーでもあります。NRIらしくインド古典音楽に精通する一方で、アメリカのロックやヒップホップにも親しみながら育っていますから、彼の身体の中には自然にそうした音楽がフュージョンされていったことでしょう。

 1990年代半ばから音楽活動を活発化させたカーレイは1999年にエイジアン・フュージョンの画期となったタブラ・ビート・サイエンスに参加したことで、一躍その知名度を上げます。そして2001年には早くもソロ・デビュー・アルバムを発表しました。

 本作品はカーレイの四枚目のアルバムです。カーレイはニューヨーク、ロスアンジェルス、シカゴ、さらにはインドのムンバイを飛び回ってさまざまな人々を結び付けてきたと自負しています。そんな人々が意思疎通するのに使うのが「ブロークン・イングリッシュ」だと言います。

 このアルバムで聴こえてくる音楽は、「旅してきた世界の玄関の間に存在するサウンドを表現しているんだ」とカーレイは説明します。みんな同じことを違う言い方でしゃべっており、それぞれをブロークン・イングリッシュに訳してコミュニケートしているということです。

 ルーツであるインドのアイデンティティと米国人としてのアイデンティティを持つカーレイの心根が良く分かるタイトルであると思います。さらにタイトルはインド音楽と欧米のポップスやダンス音楽とのフュージョンである本作品の性格もよく表しています。

 カーレイは本作品ではタブラを縦横無尽に叩いているばかりでなく、ドラムのプログラミングを手掛けており、ドラムン・ベースなども取り入れたリズム全般をプロデュースしています。こうしたビートに乗せて、インド的な色合いを持ったサウンドが展開されます。

 シタールやバンスリ・フルート、さらにはインド式バイオリン、ムンバイ・シネマ・ストリングスによるボリウッド式ストリングス、そして何より多くの人名がクレジットされているボーカルが実にインド的です。ボリウッドの巨匠サリム・マーチャントも参加していますし。

 しかし、インド度は100%ではもちろんありません。むしろベースとなっているのは欧米流のダンス音楽です。ドラムン・ベースとボリウッド歌謡が加わるけれども、メロディーは欧米流の「イノセンス・アンド・パワー」などが代表的です。

 カーレイのこうした音楽はエイジアン・マッシヴと総称され、エイジアン勢によるフュージョン・サウンドが一つの大きな流れを形成しました。やはり大衆音楽は文化と文化が交わる場所にこそ誕生するのだということがよく分かる事件でした。

Broken English / Karsh Kale (2006 Six Degrees)