「限りなく物音に近い音楽、そう呼んでもいいだろうか?」。さすがは詩人です。谷川俊太郎の言葉には愛が溢れています。「無限の音空間を漂流するサウンドアートの世界的先駆者・鈴木昭男の『現在』」を記録した作品につけられたコピーです。

 鈴木は一貫して「聴く」ことを探求してきたアーティストです。その姿勢は最初の本格的な音楽活動ともいえる1963年の名古屋駅での自修イベントから変わりません。このイベントは、ホームの階段にバケツいっぱいのガラクタをぶちまけて響きを確かめるというものです。

 その後、創作楽器の制作を始め、1970年に注目を浴びたのが鈴木のトレードマークともいうべき「アナラポス」です。「小型のブリキの缶2つをスプリング(バネ)で繋いだ、糸電話のような道具」で、「バネの伸縮に応じて共鳴し、不思議な音がでる」という楽器です。

 アナラポスは決して押しつけがましい楽器ではなく、「街や自然に耳を澄まし、音を聞きだすことが、創造的な行為であるという」鈴木の思いに即した優しい音具です。初めて聴いてからもはや40年もたちますが、アナラポスを操る好々爺という鈴木のイメージは鮮烈です。

 本作品は2007年、出来たばかりの横須賀美術館のがらんどうの中で録音されました。この美術館の開・閉館の音楽を鈴木が依頼されたことがきっかけとなっています。本作品の1曲目が開館の音楽、最後の9曲目が閉館の音楽です。

 鈴木本人によるライナーには、本作品のタイトルの由来が詳しく紹介されています。鈴木が「今までになくこのCDが出来るのが楽しみで、それぞれが宝石のように、いや金平糖のように可愛く思えてね」と友人大ちゃんに語ると、大ちゃんから「カセット・ボックス」が出ました。

 宝石箱の意味があるそうです。さらにこれを知人のフランス人カトリーヌ・グルーさんがフランス語ではカ・セットで同じ発音となる「K7」へとブラシュアップしたという経緯です。この愛おしい挿話は、この作品の色合いを豊かにしています。

 鈴木昭男は、一つ一つの音に、とにかく丁寧に丁寧に、慈しむように耳を傾けながら音を出しています。「聴く」という行為をパフォーマンスして見せているということになるでしょうか。CDを聴いている私たちも鈴木と一体化していくようです。

 その証拠に聴き終えた後、しばらくは衣擦れの音、鳥の鳴き声、おしっこの音、すべてが新鮮に聴こえてきます。耳が洗濯されるのですね。外界のサウンドが意味をもたずに虚心坦懐に入ってきます。やがて雑念に侵されていく自分が情けないですが。

 この作品では、アナラポス、ボトル(瓶)、デ・コールミーが主に音具として使われています。コールミーは四十雀という意味ですが、どのようなものかは分かりません。しかし、それは雑念です。がらんどうの美術館に響く音には貴賎はありませんし。

 鈴木は少年の頃、「放課後になると、名古屋市街を見渡す近くの山に入り、石の上に座って2時間も3時間も、夕暮れまでぼーっと音を聴いていた」そうです。「風の音、梢のさざめき、鳥や獣の声。ただただ無心に聴く」。音を聴く事の素晴らしさを再確認させてくれるCDです。

参照:鈴木昭男さん インタビュー
K7 Box / Akio Suzuki (2007 Alm)