「ワン・トリック・ポニー」で映画に挑戦したポール・サイモンが、このたびはミュージカルに挑戦しました。あれから17年。音楽だけではやり残した感が強いのか、スーパースターとして異種格闘技戦を戦ってみたかったのか、とにかく果敢な挑戦です。

 映画は自伝的要素が強かったのですが、ブロードウェイの方は1950年代にニューヨークを騒がせたギャング、サルヴァドール・アグロンを主人公とした物語になっています。初演は1998年、舞台はブロードウェイのマルキス劇場です。

 主人公サルヴァドールの若い頃をマーク・アンソニー、大人をルベーン・ブラデスというサルサ界を代表する歌手が務めていますし、歌詞作りにはセント・ルシア出身のノーベル賞詩人デレク・ウォルコットが参加するという、ポール本気の布陣です。

 本作品には1988年に着手したといいますから、足掛け10年かかっています。音源の制作だけでも5年かけたそうです。普通のブロードウェイ・ミュージカルとはかなり異なる手法での制作です。ポールにはブロードウェイ改革の意識があったようです。

 ミュージシャンとしての矜持なのかもしれません。完璧主義者のポールですから、工場生産的なミュージカルの音楽には我慢ならなかったのではないでしょうか。しかし、結果は惨敗です。ロングランとはならず、興行的には大失敗です。

 本作品はミュージカルのキャストも一部参加しているものの、基本的にはポールがボーカルを担当する別バージョンです。ミュージカルだと言われなければ分からないくらいにはポールのソロ・アルバム然としています。まるで通常の音楽アルバムです。

 サルヴァドールがプエルトリカンだけに本作品ではサルサが目立ちます。しかし、時代背景から出てくるドゥーワップやロックンロールの影響もあって、前2作のワールド・ミュージックへの傾倒ぶりに比べると、傾斜度が低くなっています。

 物語は、1959年にわずか16歳にして二人を殺害し死刑を宣告された「ケープマン」ことサルヴァドール・アグロンの事件と、恩赦で釈放されてからの彼の人生を描いていきます。ただ、まだ事件関係者が存命だった事件を取り上げたことには異論も強かったようです。

 歌詞はウォルコットとポールの二人の共作です。さすがはノーベル賞詩人、ポールも一目置かざるを得なかった模様です。音楽はもちろんポールの独壇場で、アルバムとして聴いている分には時間がかかっただけのことはある見事な出来だと思います。

 アンソニーとブラデスが歌う「タイム・イズ・オーシャン」やポールの弾き語り「キャン・アイ・フォギブ・ヒム」、サルサ全開の「ボーン・イン・プエルトリコ」など聴きどころが多く、膨大な数のミュージシャンによる緻密なサウンドも素晴らしい。

 ただ、ミュージカルとしてはどうなんでしょう。一曲一曲はよく出来ていますけれども、ミュージカルらしくはありません。革命は起きず。まずはロック・オペラにしておいて、舞台化はその道の人に任せれば良かったのにと思いました。見てませんが。

Songs From The Capeman / Paul Simon (1997 Warner Bros.)