ヒップホップももはや決して新しい音楽とは言えなくなりました。アンダーソン・パークは本作のことを、「これは俺が高校生だった頃に夢見たアルバムなんだよ」と語り、当時夢中になっていたジェイZ、ザ・ゲーム、カニエ・ウェストなどの名前を嬉々として挙げています。

 私たちにとってロックがそうであるように、第二世代、第三世代が育って来て、先達にトリビュートを捧げることが普通になってきました。さらにヒップホップの場合はそもそもの自由度が高いですから、そのリスペクトのありようも自由そのものです。

 本作は「ヴェニス」、「マリブ」と世界を飛び回ってきたパークが「世界中を飛び回るようになったからこそ、自分がどこから来たのかを意識する必要があるんだ」ということで、南カリフォルニアの自分の故郷「オックスナード」をタイトルとしたアルバムです。

 さらに本作はドクター・ドレーのレーベルから発表される彼の初めてのアルバムになります。「ドレーは文字通り、ヒップホップ界の頂点にいる人だからね」。そのことからも、本作がまさに第一世代へのトリビュートとなっていることが分かります。

 パークは2019年にグラミー賞でベスト・ラップ・パフォーマンス賞を受賞しています。まさに順風満帆。今、最も勢いのあるアーティストの一人と言えるパークが先達たちへのリスペクトを満載したアルバムが本作だと言えます。

 その勢いを反映して、フィーチャリング・アーティストには今をときめくケンドリック・ラマーを始め、滅多なことではプロデュースをしなくなったドクター・ドレー、今や大御所のスヌープ・ドッグ、JコールにQティップなどの豪華な名前が連なっています。

 パークの作り出すサウンドは、ヒップホップをベースにしながらも、ファンク、ソウル、ジャズ、ゴスペル、R&B、サイケ、ロックをスムーズにブレンドしたものです。もはや月並みな形容ですが、ドラマーであり、レディオヘッドが好きだという異色のラッパーは一味違います。

 5人組のフリー・ナショナルズを率いてのライヴではドラムも披露しますし、メンバーのソロやブレイクビーツのジャムなど目くるめくようなステージを展開するそうですから、さらに二味違います。軽やかなサウンドは「21世紀のサウンドスケープに射しこむ一筋の光」です。

 アンダーソン・パークは英語表記をすると、パークの前にピリオドが入っています。これはパークによると彼が「細部にまで気を配っている」ことを象徴しているのだそうです。サウンドを聴けばよく分かります。藤岡弘、やモーニング娘。とはちょっと違いますね。

 先行シングルはもちろんケンドリック・ラマーとの曲「ティンツ」です。歌ものと言える軽快なボーカルが素敵な一曲です。続く「フー・R・U」はドクター・ドレーがプロデュースした曲で、リズムが印象的な曲。この2曲に引っ張られてアルバムも大ヒットしました。

 前作からの2年間で大きな成功を収めたパークですが、若い頃には大いに苦労もしたそうです。韓国の血も引くパークは「忍耐は美徳だってことだね」と軽やかに語り、地に足をつけて先鋭的でサイケデリックなグルーヴをしっかり生み出しています。

Oxnard / Anderson .Paak (2018 12 Tone)