ポール・サイモンの長いキャリアの中でも不幸な位置づけにあるアルバムとして一二を争う作品です。曰く、サイモンとガーファンクルの作品になり損ねたアルバム、「グレイスランド」に向けた大きな引き波。チャート的にもかろうじてトップ40に入るくらいと奮いませんでした。

 判官びいきとしては、こういうアルバムには良い点を差し上げたくなるものです。秘かに愛しているファンも大変に多いアルバムですから、そういう気持ちになるのは私だけではなさそうです。何といっても、極めてパーソナルな赤裸々アルバムです。

 サイモンとガーファンクル云々は間違いではありません。1981年のハイドパークでのリユニオン・コンサート以来、S&Gとしてワールド・ツアーを行うなど、精力的な活動がしばらく続いており、本作品は実際に途中までS&Gの新作となる予定だったそうです。

 しかし、結局二人の作業は長続きせず、アート・ガーファンクルはプロジェクトを離脱します。一部に残っていた彼の歌声も消されてしまいました。プロデューサーにロイ・ハリーが含まれているのは恐らくはその名残でしょう。本気だったんですね。

 しかし、出来上がった作品を聴いてみると、とてもアート向きとは思えないので、これはこれで正解ではないでしょうか。前作「ワン・トリック・ポニー」とは地続きの作品です。サントラでない分、余計にパーソナル度が高まっており、デュオ向けのアルバムではありません。

 ボートラで添えられた何曲かのアコースティック・デモを聴いていると、本作は全編弾き語りでも良かったような気さえしてきます。ライヴではアコースティック・セットもやっているのに、よほど「サウンド・オブ・サイレンス」事件が骨身に染みたのでしょうか。

 もちろん演奏が悪いわけではありません。今回もスティーヴ・ガッドやリチャード・ティー、ディーン・パークスにアイアート・モレイラなどお馴染みの腕利きが集まっており、質の高いAORサウンドを奏でています。隅々まで神経が行き届いた美しい演奏です。

 面白いところではシックのナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズ。ついに打ち込みリズムが登場しました。また、現代音楽畑からはフィリップ・グラスの参加が注目されます。最後の最後のわずか1分間だけですが、グラスの書下ろしを彼のアンサンブルが演奏しています。

 グラスらしいフレーズがアルバムの最後を締めくくる趣向です。グラスは1986年にポールに歌詞を依頼して曲を作っており、双方向の交流ということになります。また、目立ちませんが、他にもフレンチホルンで現代音楽畑のピーター・ゴードンも参加しています。

 アルバムには「考えすぎかな」という曲がbとa2曲収録されています。元はアルバム・タイトルとなる予定だったそうで、アルバムの性格を表しているようです。しかも、両方ともシングル・カットされています。バージョンbの方はB面でしたが。

 少しポールの声に年齢が加わってきており、余計にパーソナルな感じが強いです。シンクラヴィアも導入され、そこはかとなく先鋭的なサウンドですけれども、むしろアメリカンのルーツに回帰したようにも思われます。秘かに愛する人が多いのも頷ける作品です。

Hearts And Bones / Paul Simon (1983 Warner Bros.)