「サッティヤグラハ」はマハトマ・ガンディーが唱えた非暴力による抵抗運動を表す言葉です。文字通りの意味は真実と愛から生まれる力で、ガンディーのいとこが命名しています。世界を変えた運動であり、圧倒的に力強い思想です。

 フィリップ・グラスのオペラ三部作第二弾はマハトマ・ガンディーを取り上げ、「サッティヤグラハ」と題されました。本作品はオーケストラが演奏し、オペラ歌手が歌い上げていますから、前作に比べればより正統派に近いオペラ作品となっています。

 オペラが取り上げているのはガンディーの全生涯ではなく、南アフリカ時代、すなわちサッティヤグラハが始まった約15年間に的を絞った演出となっています。その中で時代は行ったり来たりしながら、全3幕、上演だと4時間近い長丁場が繰り広げられます。

 3幕はそれぞれ「トルストイ」、「タゴール」、「マーチン・ルーサー・キング」と題されました。トルストイとタゴールはガンディーに影響を与え、キング牧師はサッティヤグラハを実践しました。それぞれの幕では彼らがずっと舞台にいるそうです。

 メインとなる歌手は6人、ソプラノ2人にテノール、アルト、バス、バリトン各一人、ガンディー役はテノールのダグラス・ペリーです。オーケストラはクリストファー・キーン指揮のニュー・ヨーク・シティ・オペラ・オーケストラです。

 歌詞はインドの聖典バガヴァット・ギータからとられており、サンスクリット語で歌われます。構成したのはアメリカの作家コンスタンス・デジョンです。大胆です。歌詞の意味は読まなければ分からないわけで、演出のし甲斐があるというものです。

 バガヴァット・ギータはインドの一大叙事詩マハーバーラタの一部であり、クルクシェトラの戦いに向かうアルジュナ王子にクリシュナ神が戦士の心得を説いたものです。本作品でも1幕の最初にこの場面が引用されています。これが非暴力に結びつくのも深い話です。

 本作品はそのオーディオ版です。しかし、上演されているオペラをライヴ録音したものでもなければ、スタジオ・ライヴでもありません。クラシック作品には珍しいことに、オーケストラ、管楽器、コーラス、ソロ歌手が別々に、しかもセクションごとに録音されています。

 しかも事前に録られたキーボードやシンセを使ったガイド・トラックが使われ、さらにオーバーダブやコンピューターを使った処理も行われています。ポピュラー音楽では当たり前ですけれども、芸術音楽では本当に珍しいことです。それだけリズムに気を使っているのでしょう。

 オーケストラのサウンドはまるでオルガンを模しているようだと録音にあたったマイケル・リースマンが言っています。まさにその通りで、ミニマル音楽のオーケストラ版と言えます。打楽器などは使わず、オーケストラによる揺れるような演奏が続いていきます。

 とにかく美しい作品です。大仰なメロディーが廃されている分、それぞれの歌手の歌声が際立ちますし、演奏の一つ一つの音が粒だってきます。ギータの言葉もその聖性を増しており、暴力の対極にある音楽、まさに非暴力主義を表現した音楽であると言えます。

Satyagraha / Philip Glass (1985 CBS)