1965年に発表されたポール・サイモンのソロ・デビュー作です。と、簡単に言い切っていい訳ではない複雑な事情があるアルバムです。そもそも、私は長い間この作品は正規の作品ではない海賊盤の類ではないかと思ってしまっておりました。

 それは収録曲のほとんどがサイモンとガーファンクルのアルバムに収録されている曲だからです。それをポールが一人で弾き語りをしている。デモか何かが流出したのかと思ったわけです。アメリカではまともに発売もされませんでしたし、CD化も随分遅れましたし。

 もちろん海賊盤ではありません。トムとジェリーとしてヒットを飛ばしたサイモンとガーファンクルの二人でしたが、人気は長続きせず、アートは学校に戻り、ポールはイギリスで再起を図りました。クラブ・サーキットでの地道な活動はそれなりに話題となったそうです。

 その後、米国でサイモンとガーファンクルとして活動を再開、アルバム・デビューにこぎつけます。「水曜の朝、午前三時」です。ところが、これがまるで売れなかったというのはご紹介した通り。そこで再びアートは大学へ、ポールはイギリスにと別れていきます。

 ポールはイギリスで再びクラブ回りに精を出すと、見ている人は見ているもので、熱烈に彼のことを支持する女性がBBCに売り込んでくれました。BBCのスタジオで曲を録音すると、それがラジオでオンエアされて反響を呼びます。

 その結果として、CBSレコード・ロンドンから発表されたのが本作品というわけです。スタジオ時間はわずかに1時間、ポールの歌とギターだけで、件の12曲を録音し直しました。ジャケットもポールと当時のガールフレンド、キャシーを写したシンプルなものでした。

 この時、ポール・サイモンは23歳です。成功と失意を繰り返したあげく、さらにイギリスでも扱いが良いのか悪いのか分からない状況での本作に複雑な思いを抱いていたとしてもおかしくはありません。それにイギリスでもヒットしたとは聞いていませんし。

 そのことは本作品の裏ジャケットに記載されている彼自身の言葉に良く表れています。そもそも「二度と読み返すことはない」ノートとされたその中で、「これらの曲は過去2年に書いたもので、今なら書かない曲も含まれている」と書いています。

 「自分はかつてそうしたようにはこれらの曲を信じていない」「他人が書いた曲でその他人が実は自分だということを振り返るのは気分が良い話ではなく、ほとんど苦痛だ」。苦悩のほどが窺えます。シリアスですけれども、今なら中二病と言われること請け合いです。

 こうした思いとは裏腹に、曲は充実しています。「アイ・アム・ア・ロック」、「木の葉は緑」、「四月になれば彼女は」、「サウンド・オブ・サイレンス」、さらには問題作「教会は燃えている」と、名曲と言われる曲の数々がS&Gよりもより生々しく響いています。

 ギターの腕前も素晴らしいですし、硬派で文学的なフォーク・ソングを歌うポール・サイモンの赤裸々な姿が堪能できるヒリヒリするようなアルバムです。この頃からすでに完成されていたポールです。後は「サウンド・オブ・サイレンス」電気版の成功を待つだけでした。

Paul Simon Songbook / Paul Simon (1965 Columbia)