フランク・ザッパ先生によるシンクラヴィア作品です。グラミー賞にも輝いたかの名作「ジャズ・フロム・ヘル」の発表と同時期に制作されており、アルバムとして発表できる形にまとめ上げられていました。何らかの事情でお蔵入りになっていたものです。

 ザッパ作品の中では現代音楽寄りということでヴォールターナティヴからではなく、ザッパ・レコードからの発表です。妻ゲイルは現代音楽とクラシックの中間にある「ジャズ・フロム・ヘル」型の作品と呼んでいます。幅広い音楽性だけにこういう分類も必要です。

 アルバムとして発表予定だったのは、最初の3曲です。まずは20分に及ぶタイトル曲、そして「バッファロー・ボイス」と「セキュラー・ヒューマニズム」の2曲です。本作はCDですけれども、後にめでたくこの3曲を収録したアナログLPが発表されました。

 さて、後者2曲ですけれども、同じシンクラヴィアを使った1994年の超大作「シヴィライゼーション・フェーズ2」にも収録されています。ただし、そちらに収録された際には収録時間が半分以下に減らされています。8年の間に彫琢されていったものです。

 先生のコンピューター・アシスタントのトッド・イヴェガがライナーで解説している通り、ザッパ先生はシンクラヴィア曲を不断にリファインし、ストリームラインしていたそうです。スタジオに住んでいるような人が一人で何でもできるシンクラヴィアを手にするとそうなるんでしょう。

 すなわち完成がない。ザッパ先生はシンクラヴィアでさまざまなサウンドのサンプルを集めた山を作り、絶えずその山を大きくしていく。そのサンプルを使って曲を作ると、別のサンプルで演奏させればまた違う曲になる。どんどん更新されていきます。

 人力では不可能な演奏が簡単に出来てしまうシンクラヴィアですから、まさに鬼に金棒状態です。それでも「ジャズ・フロム・ヘル」には一曲だけバンドによるライヴ演奏が含まれていました。しかし、ここでは3曲ともにザ・シンクラヴィアな演奏です。唯一の肉声は娘ムーンの声。

 追加された2曲のうち、「ワームズ・フロム・ヘル」は途中の30秒ほどの部分が、ビデオ作品である「ビデオ・フロム・ヘル」のオープニングに使われていました。その長尺バージョンということになります。これもシンクラヴィア全開の一曲です。

 ほっとするのは最後の「サンバ・ファンク」で、2007年にアスコルタ・アンサンブルなるドイツの室内楽団によって初演された曲です。もちろんここではシンクラヴィア演奏ですけれども、この曲は比較的リズムがくっきりしていて、親しみやすい楽曲となっています。

 2曲追加して全5曲。シンクラヴィアらしい硬質なサウンドで、現代音楽的な響きをさせつつも、下世話さも忘れないという面白い演奏が提供されています。先生がお元気であれば、さらにさらにさらにシンクラヴィア・サウンドが発展していたことでしょう。

 なお、本作は前年に誕生した息子アーメッドの最初の子ヘイローちゃん、現代音楽の巨匠ピエール・ブーレズとエリオット・カーターに捧げられています。これはゲイルの意思ということで、ブーレズには本当によくしてもらったんだとのこと。このアルバムに相応しい話です。

Feeding the Monkies at Ma Maison / Frank Zappa (2011 Zappa)