テデスキ・トラックス・バンドの4作目のスタジオ作品です。魚たちが押し寄せてくるジャケットでギターを持っているのは烏賊です。デレク・トラックスが烏賊であるとするなら、彼の10本の指は烏賊の足なのですね。当たっていないこともない。

 本作は、彼らのメンターでもあったブルース・ハンプトンに捧げられています。ブルースはハンプトン・グリース・バンドなどで知られるジャム・シーンのレジェンドで、70歳の誕生日を祝うステージ上で倒れ、帰らぬ人となりました。2017年5月のことです。

 スーザン・テデスキとデレク・トラックスもここにはゲストとして出演していたそうですから、ショックもさぞや大きかったことでしょう。アルバムのエンディングを飾るその名も「ジ・エンディング」はブルースのことを歌った染みわたるバラードです。

 さらに2016年11月にレオン・ラッセル、2017年1月にデレクの叔父のブッチ・トラックス、5月にグレッグ・オールマン、9月に伝説のブルース・ギタリスト、セデル・デイヴィスが亡くなりました。2015年のBBキングを加えた5人の名前と似顔絵がブックレットに描かれています。

 いずれもバンドの音楽に大きな影響を与えた恩人である偉大なアーティストです。悲劇は続き、アルバム発売日にバンドの重要なメンバー、コフィ・バーブリッジが亡くなりました。2017年に心臓発作で倒れ、バンドに復帰してからも体調がすぐれなかったということです。

 そうした悲劇を前にして、スーザンは「ポジティヴな音楽を創り出して、ネガティヴなものに立ち向かうのは、私たちの義務だと考えている」と語っています。全く正しい態度です。「人々に『希望』を与える」べく、「声に情熱、顔面にはスマイルを浮かべ」るのだと。

 「サインズ」はこうして出来上がりました。演奏しているのは前作及びその後のワールド・ツアーをともに戦った12人です。ブックレットにはスーザンとデレク夫妻を中心にずらりと横に並んだ12人の楽しげな写真が掲載されています。もう揃うことはないと思うと残念です。

 本作品のキャッチコピーは「ブルース・ロックを超えた、新境地への船出を予感させるニュー・アルバム!」となっています。「船出」ではなく、「船出を予感させる」と書かれているところが、本作品を聴き終えた私の気持ちを代弁してくれています。

 そう、ここにあるのはいつもの変わらぬテデスキ・トラックス・バンドです。うねるようなグルーヴの伝統的なサザン・ロック・スタイルによる、大きな大きなロック・サウンドです。しかし、まるで同じというわけではなく、本作は本作なりに新しい。

 スーザンのみならず、バンドの4人のボーカリストが交互にリードをとる「サインズ、ハイ・タイムズ」に始まり、社会の暗部にも躊躇せずに切り込んでいく姿勢はこれまでよりも明確にされています。それでも暗くならずに、あくまでポジティヴなメッセージを貫く。

 少々少なめであるものの、デレクのギターはすべての曲で堪能できます。この響きは何なんでしょう。けしてクリーンではない音色がストンストンと胸に落ちてくる。大編成のアンサンブルとの一体感も最強です。やはりTTBは現代最高のロック・バンドの一つです。

Signs / Tedeschi Trucks Band (2019 Fantasy)