ニコの生涯は映画になっています。それだけドラマチックな人生だったということです。恐ろしいまでの美貌でもってパリでトップ・モデルとなり、映画にも出演すると、アラン・ドロンとの間に子どもをもうけています。ロンドンに渡って歌手デビューもしています。

 その後、ニューヨークにやってきたニコはアンディ・ウォーホールに見込まれて、彼の主宰する「ファクトリー」の常連となると、ウォーホールの企みでヴェルヴェット・アンダーグラウンドの活動に参加することになります。伝説のファーストでの彼女のボーカルは凄いです。

 と、ここまでがこのアルバムの前史です。この時、まだニコは二十代です。ここまでにはさらにブライアン・ジョーンズやボブ・ディラン、ジミー・ペイジなどの名前も彼女の人生と交錯しています。何という贅沢な人生でしょう。渦中にいると大変でしょうが。

 ヴェルヴェッツでの活動は案の定長続きはせず、ニコはまもなくソロ活動に勤しむことになります。これだけの人ですから、レコード契約に不自由することもなかったのでしょう。本作の発表は1967年10月のことですから、例のファースト・アルバムからわずか半年後です。

 本作「チェルシー・ガール」のプロデュースは、ヴェルヴェッツのファーストと同じくトム・ウィルソンが務めています。要所要所に顔を出すトム・ウィルソンは、ニコの歌を前面に押し出したアルバム作りを心掛けています。聴きようによってはザ・女性ボーカルのアルバムです。

 この当時、ニコの魅力に惹きつけられて、彼女のまわりには才能あふれるミュージシャンが集まっていました。中でもまだ10代半ばだったジャクソン・ブラウンが本作では大活躍しています。共作曲も含めて3曲を提供し、ギターも弾いている模様です。

 同じ仲間からはティム・ハーディンの楽曲も1曲取り上げられていますし、陰に陽にかかわっていたボブ・ディランも曲を提供しています。そして、ヴェルヴェッツから、ジョン・ケイル、ルー・リード、スターリン・モリソンが曲作りと演奏に参加しています。

 実は演奏者のクレジットは一切ありません。ここで一番目立っているのはストリングスです。女性ボーカリストのアルバムとなると、ストリングスで盛り立てるのが定石でしょう。トム・ウィルソンは定石を踏まえた対応をしており、常軌を逸した演奏はほとんどありません。

 この世のものとも思えないクールな美貌を放つ女性が、ロックと言うよりもフォーク的な歌をストリングスも交えた演奏で歌う。形の上では、レコード会社によるアイドルの売り出しと異なるところはありませんが、その形を粉砕するのがニコの悪魔的なボーカルです。

 ヨーロッパ大陸生まれのニコですから、まず英語の発音がとてもドイツ的です。歌詞とメロディーに絡めとられることを拒否するかのような英語で歌われます。そして、独特のリズム感で我が道を進んでいきます。冷徹なボーカルです。

 柔らかな曲でもアヴァンギャルドに手がかかりそうな風情に変えてしまうニコ。タイトル曲「チェルシー・ガール」の美しいメロディーを歌って背筋を凍らせる人はそういません。外見は普通のアルバムなのに、どこか歯車が狂っています。恐ろしい。

Chelsea Girl / Nico (1967 Verve)