ピーター・マーフィーの3枚目のソロ・アルバム「ディープ」が発表されたのは1989年12月のことです。この年に何があったかというと、バウハウス仲間のラヴ・アンド・ロケッツの「ソー・アライヴ」が全米トップ10ヒットを記録するという事件がありました。

 誰がそんなことを予期したでしょうか。こうなるとバウハウスの中では最も華があるフロントマン、ピーター・マーフィーが売れないわけはないとレコード会社が考えたとしてもおかしくありません。前作は少しは米国で話題になったわけですし。

 実際にレコード会社はラジオやテレビに働きかけてしっかりプロモーションした様子で、この作品から2番目にシングル・カットされた「カッツ・ユー・アップ」はビルボードの新しいチャートである「モダン・ロック・チャート」で7週連続1位を獲得するヒットとなりました。

 ホット100ではピーター・マーフィーらしく55位どまりですけれども、それでもそれまでに比べると大ヒットです。全部で3曲シングル・カットされており、他の2曲もモダン・ロック・チャートではそこそこのヒットとなりました。アルバムも全体の44位と健闘しています。

 「ディープ」は前作同様にサイモン・ロジャースがプロデュースを担当し、演奏陣もほぼ同じです。変わったのはバンドにザ・ハンドレッド・メンという名前が付けられたこと、そして2曲を除く全曲がポール・ステイタムとマーフィーの共作になったことです。

 一言で言えば、マーフィーはこの布陣でのアルバム制作に自信を深め、バンドの面々もマーフィーとの演奏により大きな手ごたえを感じてきたということです。マーフィーはこのアルバムで初めてボーカルに専念することになっています。

 ザ・ハンドレッド・メンのメンバーはそれぞれが有名ミュージシャンというわけではありませんが、そこそこ名の通ったアーティストとのコラボを経ており、それなりの実力者です。たとえばギターのピーター・ボナスはトラフィックのジム・キャパルディとコラボしていました。

 よりチームワークが発揮され、ロジャースのプロデュースにも慣れてきたことは、マーフィーのボーカルの充実ぶりに現れています。本作品でのマーフィーは持ち味であるドラマ性の高い歌声をより人間臭く用いることに成功しています。普通にカッコいいです。

 ヒットした「カッツ・ユー・アップ」はいかにも米国で受け入れられそうな元気のいいラブ・ソングです。意表をついたジャケットによく似あう楽曲です。短い金髪にして、ボディの躍動感を感じさせる体操のお兄さんのようなイメージです。

 面白いのは最初にシングル・カットされた「デヴィルズ・ティース」です。これはバウハウスの「イン・ザ・フラット・フィールド」の改作であるとされています。歌詞はまるで異なりますけれども、曲調はまさにバウハウスのデビュー・アルバムの曲です。ふっ切れた模様です。

 また、アルバム最後を飾る「ロール・コール」には中近東サウンドの影響がうかがえます。こうしたさまざまな表情を交えつつ、よりゴージャスに、よりポップに、より精緻になったサウンドは堂々としていて、時期が時期ならばより大ヒットしたのではないかと思われます。

Deep / Peter Murphy (1989 Beggars Banquet)