ジャケットで悪魔の扮装をしているのは米国のレーガン大統領、英国のサッチャー首相そして南アフリカのボタ大統領です。フェラ・クティはナイジェリアの枠を飛び越えて、南アのアパルトヘイト政策とそれに加担する英米両国、そして国連を糾弾します。

 国境を持たないビーストとはグローバリゼーションによって国をまたがって自由に動き回る資本のことです。さすがにフェラは本質を言い当てています。1989年の段階でグローバリゼーションのもたらす弊害をしっかりと射程に捉えています。

 この曲はフェラが釈放されてからまもなく書かれたそうです。人々は以前のフェラのように獄中の生活や投獄を巡る当局とのあれこれを期待していましたが、フェラは塀の内も外も同じことだと、世界に目を向けることを選びました。

 フェラは随分ボブ・マーリーを意識しています。考えてみれば二人の立ち位置は似ています。音楽業界もマーリー没後のカリスマ的アーティストとしてフェラに期待しました。しかし、フェラはマーリーのようには成功せず、音楽業界との溝を広げてしまいます。

 この状況でフェラは世界に直接自分の音楽を届けるのだと、積極的に海外に飛び出すことを計画します。第一弾としてアメリカに向かう時に逮捕されてしまいました。獄中にあっても世界を見ていたことでしょう。それがこのアルバムに結実したと考えればよいでしょう。

 「ビースツ・オブ・ノー・ネイション」はフェラのカラクタ・レーベルから発表されました。この頃のフェラのいくつかのアルバムと同様、同じ曲をA面にインストゥルメンタル・パート、B面にボーカル・パートで収録するスタイルがとられています。

 両方合わせると30分くらいとフェラ標準のアルバムになります。ところが、ややこしいのは海外で発売された時に短縮バージョンが収録され、その代わりに「ジャスト・ライク・ザット」が加えられたことです。後に短縮されないバージョンとのカップリングも出ています。

 「ジャスト・ライク・ザット」はウォリー・バダロウがプロデュースしたセッションで録音されていた曲で、カラクタからはこの曲だけのLPも出されている模様です。このため、本作品全体をバダロウ・プロデュースと紹介するケースも少なくありません。

 「ビースツ・オブ・ノー・ネイション」はナイジェリアのスタジオで録音されており、プロデューサーはフェラで間違いないと思われます。またカラクタというレーベルには仏バークレイのフェラ用レーベルもありますが、オリジナルはナイジェリアのカラクタ・レコーズです。

 強烈な政治的メッセージを届ける曲を演奏するのはエジプト80です。この頃のエジプト80を支えていたのはレカン・アニマシャウンで、彼を中心にアフリカ70とは異なるゆったりとしたビートの柔らかいジャズ的な演奏を繰り広げています。

 1980年代終わり頃のフェラはあまり注目されませんけれども、アグレッシブさが影を潜めて成熟したサウンド・スケープが表出してくる演奏は極めて素晴らしいものです。これもフェラ。フェラの帰りを待っていたエジプト80の真骨頂です。
 
Beasts Of No Nation / Fela Anikulapo Kuti & Egypt 80 (1989 Kalakuta)