クインシー・ジョーンズは41歳で発表した本作「ボディ・ヒート」で初めてゴールド・ディスクを獲得しました...。書いていて物凄く居心地が悪いです。なんたってクインシー・ジョーンズです。この頃にはすでに音楽界に君臨して20年はたっていようかという大物です。

 カウント・ベイシーのアレンジャーを務め、ディジー・ガレスピーの音楽監督となり、フランク・シナトラやレイ・チャールズなどのオーケストレーションを担当していたクインシーのような人でも、ソロ名義のアルバムでゴールド・ディスクを獲得したことは大そう嬉しかったようです。

 彼は、この頃、1969年の「ウォーキング・イン・スペース」を含む4枚のソロ・アルバムを発表しており、いずれも何らかのグラミー賞を受賞するという業界人ならではの成功を収めています。欲しかったのは聴衆からの反応だったということでしょう。

 ヒットの原因を自身は「ファンキーに仕上げたこと」だと分析しています。クインシーはそれまで、オーケストラを中心に音楽活動を続けてきました。しかし、オーケストラでは「楽器が多すぎてリズム・セクションには焦点を合わせきれなくなる」ため、ファンキーが足りませんでした。

 そこで、今回は「思い切って余分な楽器を除けばリズムとヴォーカルに焦点を合わせられる」となり、一気にファンキーがやってきたというわけです。この当時、ファンキーなサウンドが一大潮流でしたから、御大自身でその先頭に立とうとの気概が感じられます。

 しかし、そこは御大クインシー・ジョーンズです。ねとねとのファンクとは異なり、洗練の極みファンクになっています。確かにリズム・セクションは強調されています。しかし、全体のサウンドはどこか遠くで鳴っている感じで録音されています。

 その距離感が途轍もないクールを運んできます。フュージョン・サウンドの抑制されたファンクネス、汗の飛び散らないファンク、芯まで磨き上げられたお米で作った大吟醸のようなサウンドだと表現すればよいでしょうか。とにかくカッコいいです。

 参加ミュージシャンは業界の大物だけに大変豪華です。ハービー・ハンコックやデイヴ・グルーシン、ボブ・ジェイムズにリチャード・ティー、マックス・ベネットにポール・ハンフリー、アル・ジャロウにミニー・リパートン、ビリー・プレストンなどなど。

 また、マーヴィン・ゲイとの因縁で有名なレオン・ウェアが3曲、新進気鋭のシンガーソングライター、ベナード・イグナーが2曲を担当しているのは、御大としてのいつもの若手売り出しのための配慮の模様です。やはり大物感が色濃く漂います。

 多彩なボーカル・ワーク、隅々まで考えつくされた楽器のアンサンブル、シンセサイザーの上品な使い方。業界の大立者としてのクインシー・ジョーンズの格の違いを、業界に無縁の私ですら感じてしまうという恐ろしいアルバムです。

 ところでクインシーは本作発表の4か月後に脳出血で倒れてしまいます。二度の大手術を経て一命をとりとめましたが、この奇跡がなければ「スリラー」は誕生しなかったのかと思うと音楽界は幸運を噛みしめなければなりません。

Body Heat / Quincy Jones (1974 A&M)