マーヴィン・ゲイの「グレイテスト・ヒッツ」を買う時に良く確かめなかった自分が悪いのですけれども、まさか「悲しい噂」が入っていないとは思ってもみませんでした。マーヴィン・ゲイの前史がそれほど長いのだとは知りませんでした。

 同じように1970年代に入ってスーパースターとなったスティーヴィー・ワンダーも長い前史を持っています。しかし、そっちは天才少年。要するに子どもです。スティーヴィーの子ども時代ということで納得がいくというものです。

 しかし、マーヴィン・ゲイの場合にはデビューした時にはすでに成人でしたから、それで納得するわけにはいきません。そうなると、普通は下積み時代として捉えるのが一般的ですけれども、マーヴィンの場合には調べてみるとヒット曲が多い。

 要するに、スーパースターぶりに幻惑されて、私が1960年代前半のマーヴィンの活躍を正しく認識していなかっただけです。この「グレイテスト・ヒッツ」第二弾を聴いていると、自らの不明を恥じるばかりです。すでにマーヴィンは立派なシンガーでした。

 本作は「グレイテスト・ヒッツ」に続く第二弾で、1965年から1967年までのヒット曲を収めたアルバムです。今度はシングル曲が10曲、カップリング曲はわずかに2曲ですから、前作の期間よりもヒット曲が多いことが分かります。充実してきました。

 中では、初めてR&Bチャートを制した「アイル・ビー・ドッゴーン」と同じく1位をとった「エイント・ザット・ペキュリアー」が光ります。両方ともスモーキー・ロビンソンが係わった楽曲で、モータウンらしい名曲をマーヴィンがしっかりと歌い上げます。

 先のグレイテスト・ヒッツの時期に比べると、R&Bシンガーとしてやっていく覚悟が座ったのでしょう。迷いもなく、シャウトにも余裕が生まれています。それにいかにもモテそうな歌い方です。自分はセクシーであると自覚している男の歌い方です。

 ライナーで泉山真奈美さんが個人的に大好きで、「今でも無性に聴きたくなってしまう。マーヴィンの繊細な節回しが絶品だ」と書いている「プリティ・リトル・ベイビー」がその典型です。演奏もキラキラしたピアノが他の曲とは一線を画する甘い歌です。

 クリスマス・バージョンもあるそうで、その歌詞違いですから、マーヴィン自身がとても気に入っていたことは明らかです。少々強引かもしれませんが、この曲には1970年代以降のマーヴィン節の萌芽が見られると言えるのではないでしょうか。

 ピーター・バラカン氏はマーヴィンについて「モータウンのやり方に時おり反発はしたものの、基本的な相性が抜群に良かったとしか思えない」と書いていますが、全く同感です。この頃のマーヴィンはモータウンの最良の部分をスモーキーとは違う立場で体現しています。

 全米1位となるような大ヒット曲はありませんけれども、それだからこそ、いかにもモータウンらしい曲を、モータウンの理想とするボーカルでさらりと歌いこなしている様子が心地好いです。熱い感動というよりも、ちょっといい感じ。気楽に聴ける一枚です。

参照:「魂のゆくえ」ピーター・バラカン

Greatest Hits Vol.2 / Marvin Gaye (1967 Tamla)