秋葉原発のアイドルと言えばAKB48が真っ先に思い浮かびます。しかし、彼女たちは今や全国区ですし、劇場があるとは言え、秋葉原との接点は見出しにくい。それに最初期から、ファンはともかく、彼女たち自身がAKIBAカルチャーを体現していたとは思えません。

 そこへ行くと、でんぱ組.incは違います。メイドカフェに代表されるAKIBAカルチャーを一身に浴びた女の子たちによるアイドル・グループです。アイドルもファンもカルチャーを共有している点で、とてもディープなAKIBAらしいアイドルだと思います。

 夢眠ねむ、ねむきゅんはそのでんぱ組.incの最も有名なメンバーの一人です。まあ私が知っているのは彼女と最上もがだけなんですが。本作品は、そのねむきゅんによる彼女の10年間の活動を集大成した最初で最後のソロ・アルバムです。

 最後というのは、ねむきゅんは2019年1月をもってでんぱ組.incを卒業し、さらに3月には芸能界からも引退することをすでに発表しているからです。まさに彼女のソロ活動を集大成したアルバムであることが分かります。卒業アルバムです。

 彼女自身の言葉を借りると、「大学時代に作った『作品』としての『夢眠ねむ』の集大成っていうイメージで、一番きれいなエンドロールみたいなアルバム」です。彼女の行く末は分かりませんが、来し方ははっきりと分かるアルバムになっています。

 最初の曲は、夢眠ねむのキャラクターそのものである「魔法少女☆未満」です。ブロンディーのようなシンセの使い方がとても漫画チックな、典型的AKIBA系アイドル・ソングです。かなり強いキャラクター・ソングです。

 ここからの流れは、自己紹介ソングの「あのね・・・実はわたし、夢眠ねむなんだ・・・♡」へと至り、「あるいは夢眠ねむという概念へのサクシード」で一旦完結します。この曲が凄い。ボーカロイド夢眠ネムとのデュエットとなっています。

 彼女が作った作品としての「夢眠ねむ」はねむきゅんの生身を離れて、ボーカロイド「夢眠ネム」として電脳空間に生き続けるわけです。こちらは「永遠に老けなくて声もずっと残って、誰かが新曲を書いてくれたら歌い続けられる」。未来の先取りです。唸ります。

 この作品の面白いところは、ここまででアイドル「夢眠ねむ」の仮想世界を表現し、ここからはむしろ夢眠ねむを演じているねむきゅんの地金が露出してくるところです。いわばアーティストとしての夢眠ねむ。両方のバランスが素晴らしい。

 そこでは、スネオヘアー、高円寺の路上で歌っていた頃から好きだという坂口喜咲、お互い売れていない頃からファミレスで励ましあっていたというトーフビーツの曲が並びます。前半とはがらりと雰囲気は変わりますが、これもしっかり夢眠ねむ。

 さすがはAKIBA系アイドル。自立した自覚的なアイドル像はとても新鮮です。ここまで自らをプロデュースすることができていれば、引退も幸せな引退なのでしょう。集大成としてのアルバムは、夢眠ねむを完璧に捉えて余すところがない。ボカロの今後が楽しみです。

参照:ナタリー 夢眠ねむインタビュー(大山卓也)

Yumemi Jidai / Yumemi Nemu (2018 Toy's Factory)