「22世紀の人類の運命は果たしていかに」!ラッシュは自分たちが崖っぷちに立たされている時に、自分たちよりも22世紀の人類の行く末を案じていました。やはり、それくらいの度量がなければ、スーパー・グループにはなれなかったことでしょう。

 カナダを代表する三人組ハード・ロック・バンド、ラッシュは1968年に結成され、1974年にデビューしました。その後、彼らはハイペースでアルバムを発表し、1976年発表の本作品はすでに4枚目となります。今では考えられないペースです。

 しかし、順調とはいかず、これまでの三作はいずれも米国では100位にも入らなかった上に、その中でも人気が下降線にありました。ツアーも自ら「ダウン・ザ・チューブ・ツアー」と揶揄する調子で、観客数が減り続けたそうです。

 マネージャーが胃潰瘍を患うほどの低迷ぶりです。レコード会社は、3作目のプログレッシブ路線の行き過ぎがよろしくないと決めつけました。デビュー作発表後に作詞家兼ドラマーのニール・パートが加入して以降のプログレッシブ路線です。

 しかし、ラッシュはぶれませんでした。♪答えは、あなたの頭の中にある、それに従ってお行き、あなたの心を頼みにして、それをあなた自身の歌の鼓動にするのだ♪(沼崎敦子訳)とアルバム収録の「サムシング・フォー・ナッシング」にある精神を貫きます。

 A面に20分に及ぶ組曲を配したよりプログレッシブな大作はレコード会社を怒らせはしましたが、結果的にラッシュの名を確立する名盤となりました。カナダでは2作目に続いてトップ10入りし、米国でも61位まで上昇します。

 そればかりではなく、結果的に米国だけで300万枚を超えるラッシュ有数のヒット作品になりました。息が長い。ラッシュがその後目立つたびに手に入れる人が増えていったという理想的なロングセラー作品です。これを名盤といわずして何としましょう。

 組曲は、アイン・ランドというカナダ出身のSF作家の作品を題材にしています。西暦2112年の世界は隅々まで統制が行き届き、音楽でさえも司祭様たちに面倒を見て頂いているような世界。そこで若者が手にしたギターによって自由を発見するというようなお話です。

 シンセサイザーを導入し、多重録音を駆使してプログレッシブなハード・ロックが展開されていきます。堂々たる大作です。B面の小品集も多彩な表情を見せる佳曲揃いですから、アルバムとしての充実度は高い。ラッシュはこれで一皮むけました。

 サウンドは典型的な1970年代のハードロックです。ブルースに根差したハード・ロックから、プログレッシブなハード・ロック・サウンドへの変化は、王道とも言える進化です。しかし、それは後知恵のなせる業。当時のレコード会社の理解は及びませんでした。

 ラッシュは、ヘビー・メタルという言葉が誕生するかしないかという時代に、そのサウンドを切り拓いていったバンドの一つです。堂々たる大作は裏ジャケの集合写真に代表されるように、時代を色濃く反映しています。この時代のロックは良かったですね。

2112 / Rush (1976 Mercury)