藤井郷子が、「レーベル探しにつかれ、又その対応の遅さ、その支払いの悪さ、等々に業を煮やし」て立ち上げたのがリブラ・レコードです。今では全く同じ名前のヒップホップ・レーベルがあって、ややこしいことこの上ない。世の中いろんなことが起こるものです。

 この作品はリブラ・レコードから2001年に発表されたカルテット作品です。題名は「ヴァルカン」、カワサキのバイクの名前として記憶していますけれども、ローマ神話の火の神、ギリシャ神話で言えばヘーパイストスがその語源です。ヴァルカン砲というのもあります。

 アルバムのサウンドからは、ヴァルカン砲がイメージにピッタリでしょうか。音速以上のジェット戦闘機でも使用できる対空・対地兵器です。一方でカワサキのアメリカンな重厚感も漂ってきます。タイトルとサウンドの相乗効果でイメージが膨らむものです。

 この作品は藤井郷子カルテットによる演奏です。カルテットは、藤井郷子、田村夏樹夫妻に加えて、ベースの早川岳晴とドラムの吉田達也です。「強烈な個性がぶつかり、異次元空間に」到達する重厚感あふれるカルテットです。

 早川は、クラシックの素養もありつつ、正統派ジャズも演奏しつつ、生活向上委員会に参加したり、ロック・シーンで活動したりと、数多くの場面で名前を聞く、骨太のベーシストです。藤井郷子カルテットではツアーも行っています。

 吉田はルインズ、高円寺百景などで名を馳せた超絶ドラマーです。どちらかと言えばロック系の人ではありますが、ジャズ・ミュージシャンとの相性も抜群です。もともとジャンル分けの難しい人ですから、ロックだのジャズだの言ってもしょうがない人です。

 本作品では、冒頭に吉田の声が出てきます。呪文のようなお経のような唸り声で幕をあけるのは、1曲目の15分弱に及ぶ「月夜の太陽」です。ファンク色の強い、ごりごり来るベースと叩きまくるドラムがカッコいい一曲です。

 全9曲のうち、藤井の曲が6曲、田村の曲が2曲。残りの一曲「猫の夢」は田村と早川の二人の名義になっています。この曲は二人のデュオですから、恐らくは即興作品ではないかと思います。となると題名は後付けでしょう。いかにも猫の夢です。

 アルバムを通して、吉田のマグマ・ドラムが追い立てるようにどんどん迫ってきます。藤井のピアノがあまり聞こえない場面もあるのですが、それでも主役は藤井だということはよく分かります。要所要所でピアノがぴたっと締める。その瞬間がかっこいいです。

 聴いていてとにかく気持ちが良い音楽です。ドラムとベースはリズム・セクションというよりも、ソロ楽器のようです。トランペットやピアノと同じ地平にあるように聴こえます。四者四様に音を鳴らしながら、それが調和のとれた音像になっていく、そこがスリリングです。

 カルテットならではのゴージャスな力強いサウンドはロック的でもあり、ジャズ的でもあり、尊敬する小島智さんの命名になるアヴァン・ミュージックがぴったりです。初めて買った藤井郷子のCDですが、いつまででも聴ける素敵な作品です。

参照:「アヴァン・ミュージック・イン・ジャパン」(小島智)

Vulcan / Satoko Fujii Quartet (2001 Libra)

見当たらず。悪しからず。