フランク・ザッパ先生による1976年10月29日にフィラデルフィアのスペクトラムという会場で行われたライヴを収録した2枚組作品です。ヴォールトマイスターのジョー・トラヴァースによれば、この作品の方から彼を探し当てたのだという運命のアルバムです。

 同日のコンサートは16トラックのアナログ・テープに録音されており、それをザッパ先生本人が1987年のエイプリルフールにデジタル化しています。このうちの一曲が「オン・ステージ第6集」に収録されていますから、そのための作業でしょう。

 それをジョーが2008年にハード・ディスクに移し替え、それをフランク・フィリペッティがミックスしました。そして、コンサート当日から33年後の同じ日にゲイル・ザッパによって解説が記載されて、2009年12月に発表されることになったというのが経緯です。

 ちなみに1976年はアメリカ独立200周年。その時期に独立宣言の地フィラデルフィアでのライヴです。ショーの最後には、ザッパ先生が200年に触れています。これから先200年も栄えあれ的な高揚感が嬉しいです。やはり先生はアメリカが大好きなんでしょう。

 メンバー紹介です。ドラムにテリー・ボジオ、ベースにパトリック・オハーン、キーボードとバイオリンにエディー・ジョブソン、ギターとボーカルにレイ・ホワイト、ボーカルとピアノにビアンカ・オディン、先生を加えて6人組です。

 特筆すべきはボーカルの女性ビアンカ・オディンです。サンフランシスコで「ブルースとゴスペルの女王」と呼ばれていた彼女は、ある日突然ザッパ・サイドから連絡を受けます。ボーイフレンドの勧めでオーディションを受けての登場です。

 豪華ホテルに足付きという待遇に感激した彼女は、ゴスペル歌手ゆえに先生の猥雑な歌詞に苦労しつつも見事にライブで活躍します。彼女がザッパ・バンドにいたのはほんの半月ですから、これはとても貴重な録音ということになります。

 それからレイ・ホワイト。おなじみの顔ですけれども、ビアンカの紹介で初めてザッパ・バンドに加わりました。これがほとんどデビュー・ギグです。彼は「ブラック・ナプキン」で珍しくギター・ソロを弾いています。繊細なソロなのでどきどきしてしまいます。

 「ブラック・ナプキン」では、ビアンカのボーカル、ジョブソンのバイオリンによるソロもフィーチャーされており、これが泣けるほど美しい。20分弱の長尺ですが、本作品の白眉でしょう。パトリック・オハーンは続く「アドヴァンス・ロマンス」でしっかりベース・ソロを聴かせます。

 テリーのソロだけがありませんが、まあ不要です。なんたって本作品の主役はテリーかというくらい全編ドラムを叩きまくっています。彼のドラムとパトリックのベースによるリズムを聴いているだけで2時間15分が過ぎていく、そんな充実ぶりです。

 「ユー・ディドント・トライ・トゥ・コール・ミー」のビアンカによるR&Bバージョンがもう一つの聴きどころです。女性ボーカルを迎えたザッパ・バンドのいつもと一味違う佇まいが貴重な作品と言えます。ただ、「マフィン・マン」を客に歌わせるのは無理でした。変な試みです。

Philly '76 / Frank Zappa (2009 Vauternative)