ジェフ・ベックを語る声は熱いです。「今世紀最高のギタリストが贈る、今世紀最後のアルバム」は「誰もが夢見た10年ぶりのオリジナル・ニュー・アルバム」です。ドアを開けるとベックが椅子に座ってギターを弾いている姿。最高のシチュエーションをジャケットに再現しています。

 ジェフ・ベックは、三大ギタリストの中でも世間知に長けているジミー・ペイジやエリック・クラプトンとは異なり、いくつになってもギターのことしか考えられない純粋なギター小僧のイメージです。その無邪気さはもはや神の領域に近い。

 10年ぶりに届けられた本作は、「ほかに誰か(いるっていうなら名前を言ってみろ)」とばかりに、ジェフ・ベックは唯一無二の存在であることを存分に知らしめたアルバムです。しかし、意外と神と崇める人びとの間での評判はそれほどではありませんでした。

 一方で、クラブ・ミュージックに親しんだ層からは、おっさん凄いという声が聞こえてきます。一重にリズムの問題です。テクノっぽいスタイルを是とするかどうかで評判が分かれます。私は、この作品で久しぶりにジェフ・ベックに惚れ直しました。なんたってカッコいいです。

 冒頭の「ホワット・ママ・セッド」は、共演する女性ギタリスト、ジェニファー・バトゥンのタッピング奏法で始まり、ベックのギターがやおら登場します。ぞくっとします。古い米国映画「おかしなおかしなおかしな世界」のセリフがサンプリングされていいアクセントとなる名曲です。

 テクノでデジタルなリズムにベックの硬質なギターが良く合います。続く「サイコ・サム」はマヌ・カッチェとピノ・パラディーノをリズム・セクションに迎えた名曲で、ここでも重いジャストなリズムに怒涛のギターが押し寄せます。クラブ・ミュージック以降のビート感覚です。カッコいい。

 そして3曲目にはスロー気味のブルースをライブで収録しています。この緩急の付け方がいいです。ライブのラインナップは、ギターにベックとバトゥン、ベースにはランディ・ホープ・テイラー、ドラムにはスティーヴ・アレクサンダー、いずれも高名なセッション・ミュージシャンです。

 キーボードにはトニー・ハイマス、長年のベックの相棒で、本作でもほとんどの曲を書下ろし、プロデュースをベックと共同で行っています。このコンビはよほど相性が良いようで、最初の共演は1980年の「ゼア・アンド・バック」に遡ります。それから20年。

 「ワイアード」のヤン・ハマーも1曲だけ曲を提供して一緒に演奏しています。全部トニーとの共作で満たしてもよかったのに、どういう事情があったんでしょうか。多少のアクセントにはなっていますが、むしろ妙な律義さを感じてしまいます。

 アクセントと言えば「デクラン」です。この曲はアイルランドのミュージシャンによる曲で、尺八の名手クライヴ・ベルなども加えたトラッド風味の味のある楽曲です。それに続く「アナザー・プレイス」もギター一本の麗しい曲で、熱狂を醒ましてアルバムを終えていきます。

 ギター・インスト・アルバムの居心地は随分よくなりました。クラブ系のサウンドの中に置くと何の違和感もありません。テクノ感覚あふれるリズムにこの硬い硬いギターがよく似合います。現在進行形のジェフ・ベックは疾走しています。55歳なんて関係ない。カッコいいです。

Who Else! / Jeff Beck (1999 Epic)