加藤訓子にまたライヒ・フリークがやってきました。彼女が専属契約を結んでいるリン・レコードからの最初のアルバムがライヒ作品集でしたから、7年の時を隔てて、ライヒに回帰したことになります。加藤訓子とスティーヴ・ライヒは相性が抜群です。

 加藤は彼女の故郷にある愛知芸術文化センターでダンスとの共演企画が持ち上がった際に、スティーヴ・ライヒの「ドラミング」を提案します。しかも、それを一人でやり遂げたいと決意し、ライヒに恐る恐る「やってもよいか?」と尋ねたところ、快くOKが出たとのことです。

 「ドラミング」は4つのパートからなる大曲で、普通に演奏すると1時間以上、ここでは70分に及ぶ演奏になっています。最初のパートはスティックで叩くボンゴが4セット、二番目は9人が演奏するマリンバ3台と二人の女声ボーカル。

 パート3はグロッケンシュピール3台を4人で演奏します。ここに口笛とピッコロが加わる。そして最後のパートはこれらすべてを一緒に演奏します。総勢9人の打楽器奏者とソプラノ・アルトのヴォイス2人、ピッコロ、口笛で総勢12人が標準です。

 それをたった一人で演奏する。全てのパートをオーバーダヴィングして、最後にそのうちの一つのパートを演奏するという気の遠くなるような作業です。むしろメロディー楽器の方がやりやすいのではないでしょうか。打楽器でそれをやるのは至難の技です。

 しかし、加藤訓子は果敢にやり遂げました。「結果は最上のディテールが驚くべき明晰さで聴こえてきて、まるで作品を顕微鏡でクローズアップしたようだ」とライヒは絶賛し、「僕の音楽にずっと真摯に取り組んでくれてありがとう」と感謝、「ブラボー!」を捧げています。

 四つのパートのパート間のブリッジは前の楽器と同じパターンを次の楽器が引き継ぎます。特に第二楽章から第三楽章へのブリッジは最難関とされているそうですが、「おそらく過去今まで聴いた中でも一番いい出来だろう」とライヒがお墨付きを与えています。

 声と口笛、ピッコロは同じ役割を果たしています。ライヒはこの曲のドラム部分を作曲している時に知らず知らず歌っていたそうで、それをマリンバやグロッケンにも広げていきます。それが曲中の声、口笛、ピッコロに対応するわけです。

 打楽器だけを組み合わせているのに、「全体に聞こえてくる響きの中から、不思議に人の声が聞こえてくるのだ」と加藤は話しています。繰り返される打楽器のリズムがうねり、グルーヴとなっていくさまが、声・口笛・ピッコロで強調されていきます。

 何とも豊潤なサウンドです。ライヒの作品はけっこう聴いてきましたが、こんなドラミングは初めてです。天上から聴こえてくるような至福のサウンドです。曲に合わせて鼓動が速くなってくるので、70分が終わると心地好い疲労感に襲われます。恐るべし、加藤訓子。

 この曲はダンス界でも有名だそうで、加藤はこれまでこの曲でのダンスにも係わってきました。140BPMとダブステップ並みのテンポですから、ダンスにも合うのでしょう。それを想像しながら聴くのもまた一興。凄いものです。

Drumming / Kuniko (2018 Linn)