毎年、お正月になると何となく第九を聴きたくなります。日本ではすでに年末の風物詩となり、下町合唱団の第九を聴きに行ったり、テレビで「1万人の第九」を見たりしています。そんな年の瀬が明けて新年、もう一度、ちゃんと聴こうという気になるのが面白いです。

 第九と言えば「喜びの歌」です。小学校や中学校の音楽の時間に叩き込まれた旋律は色褪せずに頭に残っています。今はどうなんでしょう。私の年代くらいですと、この歌を歌えない人はまずいないと思います。それほど合唱といえば「喜びの歌」でした。

 1万人も第九を合唱するのは、こうした素地があったればこそです。しかし、ここまで俗にまみれても、その気高さが揺るぎもしないというのは凄いことです。ベートーヴェンの渾身の交響曲はまるで天上から響くようにそそり立っています。

 この第九は、1900年にベルリンで生まれたハンス・シュミット-イッセルシュテットが指揮しています。戦前から活躍していた人で、日本でもレコードを通じて有名だったとのことです。この作品は1965年12月の録音ですから、シュミットーイッセルシュテット65歳の作品です。

 演奏しているのはウィーン・フィルです。ウィーン・フィルは解説の門馬直美さんが思うに「世界に数あるオーケストラのなかでも、ベートーヴェンの『第九』をもっとも数多くの指揮者によって録音してきたオーケストラではないでしょうか」。

 世界的に有名なオーケストラですから、「自分たちをおさえつけずに、納得のいくものを引き出してくれる指揮者の下では、十分にやる気のある積極的な演奏をする」。ということは、なめられたら終わりということなんでしょう。恥をかくのは指揮者。ところが。。。

 シュミットーイッセルシュテットは、息子さんがデッカのプロデューサーだった関係でウィーン・フィルとベートーヴェンの交響曲全集の録音に抜擢されたと噂されています。「オーケストラのほうは、ただ黙々と、指揮と録音技師の指示に従う、といった態度に見えました」そうです。

 ところが、これが名演になるのですから面白いものです。カラヤンを「ユーモアに欠ける」と評したシュミットーイッセルシュテットのユーモアあふれる人柄も功を奏したのでしょうか。1960年代のウィーン・フィルの実力を存分に引き出した格調高い演奏だと思います。

 ソロ歌手はジョーン・サザーランドにマリリン・ホーンと女性陣が豪華です。デッカの力です。男性陣はジェームズ・キングとマルッティ・タルヴェラの二人、こちらは勉強不足で申し訳ないですが、実力派であることは間違いありません。コーラスはウィーン国立歌劇場合唱団です。

 合唱が出てくる第四楽章がもちろん有名ですけれども、第一楽章の最初の主題の部分も負けず劣らず聴く機会が多いです。急激な場面転換にはなくてはならない度肝を抜く壮大な幕開けです。たやすくベートーヴェンの術中にはまり、思わず正座してしまいます。

 全体の3分の2を占める第四楽章は、「シラーの頌『歓喜によせる』終末合唱をもつ」と記載された終末合唱の第四楽章です。第一楽章の主題も使い、「喜びの歌」で有名な旋律を配した長尺の構成で、いつ終わるともしれぬ粘着質の高い楽章です。まさに術中にはまります。

参照:名匠列伝 ハンス・シュミット・イッセルシュテット(斉諧生)

Beethoven : Symphony No.9 Choral / Hans Schmidt-Isserstedt, Vienna Philharmonic Orchestra (1966 Decca)