何が好いといって、ザーズの声です。ちょっと甘くて、程よくハスキー。私はザーズの声が聴けるだけで満足です。ようやく発表されたザーズの4枚目のアルバムを聴きながら、しみじみとその声の魅力に浸っています。本当に素晴らしい。

 ザーズはストリート・ミュージシャン上がりです。「モンマルトルの路上で歌うと私のまわりはいつも人だかりになった」人気者で、無許可営業をとがめる警官からもこっそりCDはないかと聞かれたそうです。この声が聴こえてきたら足を止めるのも分かります。

 シャンソンのスーパースター、シャルル・アズナブールは「ザーズはみなさんの腸をつかみますよ。歌に腸があるんです」と話しています。「魂」ではなく「腸」。「庶民として生まれたんです。ピアフがそうだったようにね」となれば断然「腸」です。最高の表現です。

 前作はザーズのルーツとなるシャンソンのカバー集でしたから、オリジナル曲で埋め尽くしたアルバムは前々作以来5年ぶりになります。前作とはがらりと変わって、若手アーティストを起用してバラエティー豊かな腸を掴むアルバムとなっています。

 先行してシングル・カットされた曲は「何が起きようと我が道を行く」です。「私が世界中を回ってパフォーマンスをしてきたこの8年間のこととすごく共鳴してい」るタイトルです。そこで直面し、経験してきたことに思いを馳せながら歌う曲です。

 この曲はイタリアのシンガーソングライターが作曲したもので、なんと南米風味満載です。本作ではザーズの自作曲も数曲ありますが、多くは若手を中心とした新進気鋭のアーティストが曲を手がけています。ポスト・パンクやヒップホップ、ジャズなど出自も多彩です。

 その結果、先の南米音楽に加え、きらきらシャンソン、モダンなシャンソン、サルサ、ロック、クラブ・ミュージックなど、さまざまなジャンルの曲が同居しています。中にはまるでJDサウザーを思わせるような西海岸風の楽曲もあります。

 決してエッジのたったサウンドというわけではありませんし、クロスオーヴァーというよりも、雑多な音楽が猥雑に同居している風情です。そのことが、強い街角感をもたらしていて、ザーズの「ポピュレール(庶民的)」を全面開花させています。

 最後の曲はシンプルなピアノをバックに、ザーズが歌います。ラップというよりも語り、これがもちろんフランス語なので、自動的に恋の囁きだと認識してしまう脳が情けないです。この曲は「ラップランド」、実は大冒険の歌です。北極圏にはザーズも行ったのでしょうか。

 この曲に代表されるように、ザーズは言葉が多い。さまざまな調子のサウンドが混在しているものの、ザーズの歌がどの曲でもサウンドからあふれ出ていることは共通です。歌い方もさまざまですが、とにかくぐいっとザーズ節にしてしまうところがいいです。

 前作でシャンソンにオマージュを捧げたことで自由になったザーズの新たな出発となったアルバムです。ソウルというより腸、シャンソンというより腸、ロックというより腸、ザーズの腸サウンドは私の腸を掴んで離しません。

Effet Miroir / Zaz (2018 Play On)