私の大学時代の知識では、女性の握力は10代後半をピークに低迷するのですが、30代に入るとまた上昇、後半にまたピークが来ます。世間の力が女性の身体にまで影響しているという心理学の格好の教材となるデータでした。今はそんなことはないと信じたいです。

 当時の女性はお母さんになればある意味で社会から解放されるという話でした。そんな話を#宅録お母さんのアルバムを聴いていて、久しぶりに思い出しました。何と自由な音楽でしょう。ニュー・ミュージック的なポップからちんどんテクノまで自由自在。

 #宅録お母さんは、「三児の母、専業主婦、趣味DTM」な人です。そのお母さんが「家事の合間に平成最後の大仕事」として、制作支援をするクラウドファンディングpolcaで資金を集め、このアルバムの制作を実現しました。最初の目標は6万円だったそうです。

 アルバムの最後にシークレット・トラック的に入っている曲「ママーソニック」では、大歓声の中でメンバー紹介がされています。デスクトップ・ミュージックなのに何で?と一瞬思ったのですが、何と紹介されるのはクラウドファンディングに支援した皆様でした。凄い発明。

 #宅録お母さんは、アルバム制作に先立って2月から5月の3ヶ月間に100曲を作るという目標を立てて、無事完走しています。DTMをやったことがない私ですけれども、毎日1曲以上作るというのは並大抵のことではないことくらいは分かります。立派な主婦です。

 DTMセットと言えばベッドルームが定番ですけれども、彼女の場合は台所に置いてあるそうです。子どもが3人いれば閉じた空間など家にあるはずもなし、台所が唯一自分だけの聖域に近いということなのでしょう。自然の成り行きです。

 アルバムはシークレットを除いて全10曲。本当にバラエティーに富んだ曲調です。冒頭の「マジカルツーブロック」は、いかにもDTMな電子サウンドに電気処理したボーカルが蠢くサウンドで髪型のお話を聞かせてくれます。

 流麗なピアノで始まる「海苔波作ろう」はDTMの苦労を歌った曲で、綺麗なJポップとぶんぶんビートが同居します。続く「永久(とこしえ)の古(いにしえ)」は喜多郎を加えた60年代歌謡風で、強引なダブル・ミーニングの歌詞を歌っています。

 「高田馬場は私の庭」はもらったブランド物を質屋にいれて寿司を喰う女の話で、ピアノ一本からグループサウンズ的ハードロックへの展開。続く曲は洗濯の話で、私はセスキという言葉を学びました。これも全盛期のJポップを感じさせる曲です。

 続いてばりばりテクノな曲で家で作るドリアはべちゃべちゃだと歌い、「ねがい」ではスーパーで子どもともども葛藤する様子をばしゃばしゃなドラムとピアノを中心とする綺麗なメロディーに乗せて歌います。続く「合理的回答」はまるでちんどんテクノです。

 「デスクトップ・マーケット」に「右手の中指」が続き、ジェットコースターに乗っているかのような振れ幅が広いわりには結局、彼女の頑張らないボーカルがすべてをまとめあげます。恐るべし#宅録お母さん。人を解き放つサウンドは中毒性が高いです。

Desktop Mother / #Takuroku Okasan (2018 OKA3ND)