「まるで戦前のラジオから流れてくるスタンダード・ナンバーのよう」だという言い方が一番しっくりきます。2016年の録音技術の粋を尽くして、時間を超えたサウンドが表現されています。ぱっと聴くと本当に古い作品のように聴こえます。見事です。

 アラ・ニはロンドン生まれのロンドン育ち、「ロンドンが生んだ稀代のブラックビューティ」と評される美貌の持ち主です。両親はカリブの島グレナダ出身ということで、祖父母はまだグレナダに住んでいるそうですから、移民2世ということになります。

 本当に幼い頃から際立っていた彼女は、7歳の頃にはコマーシャルやミュージカル、テレビ番組などに頻繁に出演していたそうで、子役タレントの特異な心理を経験しています。マイケル・ジャクソンとブルック・シールズの深い友情はこの心理があればこそ。

 「非日常的な幼少期」を送った彼女は長じて、デーモン・アルバーンやメアリー・J・ブライジのバックボーカルを担当したり、映画の編集を学んだり、ブランド・マーケティングを学んだりと自分の人生を切り開いていきます。回復の時期と言えます。

 そして彼女にとっては、啓示ともなる自らの大叔父を見つけます。レスリー・ハッチンソンいう1920年、30年代の最も有名なキャバレー・スターで、コール・ポーターの恋人だった人です。身内にそんな人がいたと知った時には身体に電気が走ったことでしょう。

 ハッチンソンを知ったアラ・ニ曰く、「彼は30年代に上流階級に受け入れられたほとんど唯一の黒人でした。彼が成し遂げたことに気づいたとき、私は彼のストーリーをもっと学び、そこから新たなものを生み出そうと心に決めたのです」。

 このアルバムはアラ・ニのデビュー・アルバムです。彼女が心に決めた通りの作品となっています。私はアルバムを聴いたあとに、このストーリーを知ったのですが、なるほどマークが頭のまわりに押し寄せました。彼女が心に決めた通りのアルバムになっています。

 曲はすべて彼女が書いています。一言で言えばとてもシンプル。子ども時代に課せられた過剰な表現の真逆を行くシンプルさです。何の飾りもない。昔からあるスタンダード曲、メロディーだけが残されているスタンダードと言ってもおかしくありません。

 彼女のボーカルもとてもシンプルです。温かみのある声で素直に歌っています。過剰な感情表現はありません。彼女の心情が素直に表出するのみ。それをスモークがかかったように録音しています。ここが30年代を感じさせる所以です。

 演奏も至ってシンプルです。バンド・サウンドではなく、ギターやパーカッションが歌に寄り添います。音数は少なく、激しいビートとも無縁。ゆったりとしたサウンドはこれまた戦前を想起させるように作り上げられています。時おり入るフリューゲル・ホーンの小粋なこと。

 幻想的なムードが漂い、古すぎてもはや新しい。癒しというのも少し違う気がします。もっと頽廃的です。ずぶずぶと時の深みにはまり込み、閉じ込められてしまいそうです。決して軟な音楽ではありません。その意味でも第一次世界大戦後の世界を再現しているようです。

You & I / Ala.Ni (2016 No Format)