八木美知依は異種格闘技への参加が多いですが、この作品は彼女が「手塩にかけて育てた六人の若手箏奏者達」と共に箏だけで作り上げたアルバムです。最大で7人が合奏するお箏の嵐が吹き荒れています。これほどお箏の音を聴いたのは初めてかもしれません。

 初のソロ・アルバムとなった前作はニューヨークの前衛音楽家ジョン・ゾーンのプロデュースで、彼自身のレーベルから出ました。この作品は日本のジャズ・ミュージシャン佐藤允彦がプロデュースを担当し、佐藤のレーベルBAJレコードから発表と何となく似通っています。

 佐藤は全ての曲の作曲と編曲を担当しています。収録された楽曲のうち、「波上吟」は八木の師匠にあたる沢井忠夫の合奏団に委嘱された作品で、1998年に初演されています。ということは佐藤はすでにお箏のための曲作りの経験があるということです。

 「イベリアン・サンセット」は尺八奏者山本邦山とのアルバムのために書かれた曲だといいますから、箏、尺八と佐藤の対応力の高さに驚きます。佐藤の関心は邦楽ばかりではなく、さらに世界中に広がっています。

 「打吟」ではミャンマーの伝統器楽曲、「キェションの畑打歌」ではシッキム、「歌垣」はルーマニアの伝統音楽、「タン・テヤ」は再びミャンマーの古典曲が元歌とされています。この作品の底には各地の伝統音楽が横たわっているわけです。

 そこから「箏に隠されたユーラシア楽器の遺伝子を見事に蘇らせた」というキャッチフレーズが出てきます。「さまざまな音階、調弦、奏法で箏樂の境界線を軽々と行き来する」ことになってきます。確かに日本の伝統音楽としてのお箏の枠には収まりません。

 八木美知依と共演しているパウロウニア・クラッシュは、高橋弘子を中心とする若手箏奏者6人組です。写真をみるとみんな本当に若いです。なお、八木とパウロウニア・クラッシュは2004年には国際交流基金の主催によるロシア・ツアーを行っています。

 八木美知依はこの頃にはすでに世界中でさまざまなジャンルのアーティストと共演しており、八木を含むユニットKokooやHoahioでのアルバム発売やら何やらで大そう忙しく活動していました。そこへ弟子たちと箏だけのプロジェクトですから気合も入ったことでしょう。

 使われている箏は、13弦の通常の箏に加え、十七絃、二十弦の三種類です。いずれも典型的な箏の音ですけれども、意外と野太い音も出るのだと驚きました。ボディを叩くような音もあり、残響がドローンのようにもなっています。意外と多彩な音です。

 もともとマリンバのために作られた曲が7曲中3曲もあり、マリンバと箏との相性の良さに思いが至ります。箏は弦楽器というよりも打楽器のようです。そしてマリンバよりもアジア的であることは間違いありません。乾いた音色が竹のようで若々しい。

 変則的な拍子であったり、調弦を変えていたりと、「春の海」に代表される箏曲とはかなり印象が違います。しかし、そこはユーラシアの楽器。より大きなカテゴリーに包含されているというだけで、圧倒的な底なし感が嬉しいサウンドです。かっこいいです。

Yural / Yagi Michiyo & Paulownia Crush (2001 BAJ)

アルバムからではありませんが、彼女たちの演奏をどうぞ。