シンセサイザーを全面的に使用した、いわゆるシンセ・ポップないしエレ・ポップが誕生したのは1980年頃のイギリスです。ゲイリー・ニューマンやデペッシュ・モード、テレックス、バグルスなどが続々と出現し、隆盛を極めていきます。

 ギターやドラムをシンセやリズム・ボックスで代替していくわけですから、アナログの最たるボーカルもその波から逃れることはできず、典型的にはボコーダーを通した声が使われるようになり、そこまで徹底しなくても、ソウルフルなボーカルは敬遠されてしまいました。

 そこへ現れたのがヤズーです。元デペッシュ・モードのヴィンス・クラークによるシンセ・サウンドに、どすこい姉さんアリソン・モイエの魂の歌声が組み合わさったサウンドは、そんな風潮の中にあって多くの人の眼からばさばさと鱗を落としていきました。

 アリソンはイングランド南部でさまざまなバンドを渡り歩いて歌っていましたが、なかなかロンドンに近づけないことに業を煮やして、バンドを辞めてロンドンにでてきます。そして、自らディープなブルース・バンドを求める広告を出しました。

 そこに手を上げたのが電子楽器の山を抱えたクラークでした。デペシュ・モードのメイン・ソングライターだったクラークは、3曲のヒット曲を書き上げた後にあっさりと脱退してしまい、ソロとしてのキャリアを追及しようとしていた矢先だったようです。

 手を上げる方もどうかしていますが、アリソンは楽器のテクノロジーをカレッジで学んでおり、クラークよりも電子楽器の使い方に精通していたかもしれないところだったといいますから、どっちもどっち。異世界にいるようでいて案外同じ穴の狢だったのかもしれません。

 新しいデュオは、一曲だけやってみるかと、クラーク作の「オンリー・ユー」を発表すると、あれよあれよという間にこれが全英2位の大ヒットとなりました。なお、この曲は、翌年、フライング・ピケッツによってアカペラでカバーされ、そちらは全英1位となっています。

 クラークのエレクトロニクス・サウンドとアリソンの力強いソウルフルなボーカルが映える名曲には、即座に同じく名曲「ドント・ゴー」が続きました。そちらは3位どまりでしたけれども、アリソンのどすのきいたボーカルにはさらに磨きがかかりました。

 「ドント・ゴー」から間髪を入れずに発表されたデビュー・アルバムが本作です。11曲中7曲がクラーク作、4曲がモイエ作と、それぞれが曲を持ち寄ってアルバムが出来ています。そのスタイルは完全に出来上がっていて、本作品は見事に全英2位の大ヒットとなりました。

 特にコンセプトがあるわけではないそうで、曲を寄せ集めて作った模様です。とても実験的な曲も含まれており、半信半疑のデビュー作っぽい感じがいいです。冗談から始まったようなものでもあり、歌を復権させるスタイルは瓢箪から駒だったのかもしれません。

 シンセ・サウンドは当時のテクノロジーですから、いかにもピコピコ、ペラペラしています。それだからこそアリソンの歌とはミスマッチかと思っていたら、意外にも生楽器よりも合うのではないかというくらいぴったりでした。とりあえずの一枚が見事な結果を生みました。

Upstairs At Eric's / Yazoo (1982 Mute)