思わず唸ってしまいます。このジャケットは衝撃でした。写真を撮影したのはウィリアム・クライン、ファッション写真で有名なポップ・アート写真家にして、映画監督でもあります。煙草の持ち方、煙の位置、顔、化粧、色合い、顔の位置、どれをとっても素晴らしい。

 モデルはもちろんセルジュ・ゲンズブール。クラインとゲンズブールは意見が対立したそうです。クラインは汚く、ゲンズブールは美しく撮られたい。結果は汚くもあり、美しくもあり。膨大な量の情報を持ちあわせた深い写真になりました。

 セルジュ・ゲンズブールはこのアルバムを発表した時にはすでに56歳です。30歳で歌手デビューして以降、俳優としても成功した上、数々のスキャンダルで世の中を騒がせたゲンズブールです。この作品は功成り名を遂げた後の作品ということになります。

 しかし、ジャケットから見て取れる通り、全く枯れていません。アルバムの内容も丸くなっているわけではありません。とりわけ、本作のラストを飾る、ショパンのエチュードを使った「レモン・インセスト」が大いに世間を騒がせました。

 この曲では実の娘シャルロットとデュエットしているのですが、当時、シャルロットはわずか13歳。その娘とともに近親相姦を連想させるエロティックなパフォーマンスを繰り広げています。何とも挑戦的な人です。歳をとっても丸くならない。

 この作品は、彼のキャリアの中で初めてアメリカで録音されました。事前にゲンズブールとプロデューサーのフィリップ・ルリショムはニューヨークの空気を探りにアメリカに渡りました。出てきた結論は「レッツ・ダンス」です。1983年に発表されて大ヒットしたボウイ作品です。

 集まったミュージシャンの中には「レッツ・ダンス」に参加していた人もいます。ミックスはボウイと同じパワー・ステーションで行っています。アルバムが始まった瞬間に分かります。これだけ堂々と臆面もなく影響されていると清々しいです。

 「レッツ・ダンス」的なビートに乗せて、コーラス隊がフレーズを繰り返すところに、ゲンズブールが魅惑の低音で歌うというよりも、ほぼ語っています。フランス語でリズムに寄り添わずに語られますから、ラップではありますが、ラップではありません。それがカッコいいです。

 「大胆なキッス」はトラファルガー広場に銅像が立っているネルソン提督が、死ぬ間際に愛人の中尉に言った言葉が題名になっていますし、「ハーレイ・ダヴィッド・サン・オブ・ア・ビッチ」なんていうふざけた題名もあります。全体に禍々しくて倒錯的です。

 問題の「レモン・インセスト」について、ゲンズブールは「倒錯を注入することで、心理を探求しただけの歌さ」と言います。倒錯については自覚的だったわけです。いかがわしさこそがゲンズブールの真骨頂であることは本人も十二分にわきまえています。

 悪い冗談のようなアルバムとも、入魂のフレンチ・ポップ大作とも、いかようにもとれる不思議な作品です。それでも結局は、ある意味で全男性の憧れの的であるゲンズブールの迫力に圧倒されてしまいます。こんな風に生まれてみたかった。
 
Love On The Beat / Serge Gainsbourg (1984 Philips)