マイク・オールドフィールドはワーナーに移籍した際、アルバム3枚を制作する取り決めでした。したがって、「チューブラー・ベルズII」、「遥かなる大地の歌」に続く本作品の制作をもって、マイクの契約上の義務は果たされたことになります。気楽になったことでしょう。

 ここのところテーマが分かりやすいマイクですが、本作品もその顰に倣ってアイリッシュ音楽に真正面から取り組みました。これもレコード会社からの発案だそうです。ワーナー移籍直後のマイクはレコード会社の意向を素直に汲んでいます。どういう風の吹き回しでしょう。

 どうしてここでアイリッシュか。アイリッシュ・ダンスと音楽を中心とした舞台作品「リヴァーダンス」のロンドン初公演が1995年6月のことです。アイリッシュ音楽の重鎮チーフタンズもこの頃には人気が盛り上がっていました。ちょっとしたブームだったわけです。

 アイルランドやウェールズはケルト神話の地であり、そこの音楽はケルト音楽と括られることも多いですから、この作品は一般にはケルト・アルバムと言われています。言葉の使い方がややこしくて、私も詳しいところは自信がありません。

 ジャケットのイメージはまるで中世の海の民、ヴァイキングのようです。ヨーロッパの人には胸に響くものがあるのではないかと推察します。背景に写る島のイメージも北極海のそれです。ヨーロッパのルーツの一つを感じさせるジャケットです。

 マイクはすっかりその気になっているようです。サウンドもまさにその通り。全部で10曲が収録されていますけれども、そのうち作者にマイクの名前があるのは4曲のみ。5曲は「トラディショナル・アレンジド・バイ・マイク・オールドフィールド」です。

 「ソング・オブ・ザ・サン」だけはビエイト・ロメロという人の作品で彼はスペイン・ケルトの地ガリシア州のバンド、ルアル・ナ・ルブレのメンバーです。ヨーロッパ大陸のケルトも混じってきました。ますますケルトの深みに分け入るマイクです。

 さらにゲスト・ミュージシャンにはチーフタンズのショーン・キーンとマット・モロイが参加するという念の入れようです。レコード会社から降ってきたテーマだとはとても思えないケルトへの傾倒っぷりです。マイクはさぞや楽しかったことでしょう。

 「ウィメン・オブ・アイルランド」は、スタンリー・キューブリックの「バリー・リンドン」にチーフタンズが提供した曲ですが、ここでは同じく映画に使われたヘンデルの「サラバンド」を挿入するという相当な通にしかわからないような仕掛けもあります。楽しかったことでしょう。

 前二作に続いてインストゥルメンタル作品集で、マイクのギターが大いに活躍するので、いつものマイク作品なのですが、成りきっているケルトの血がすべてを一つに編み上げており、コンセプト・アルバムとして見事に成立しています。

 セールスも好調で、英国で12位になったほか、北欧諸国でもそこそこの成績を収めました。ヨーロッパの血を揺さぶる作品だったことに間違いありません。私にはヨーロッパの血は混じっていませんが、原始の記憶が呼び覚まされそうな作品です。 

参照:Tubular Net

Voyager / Mike Oldfield (1996 Warner)