村治佳織は留学先のパリで20歳を迎えました。その20歳を記念するかのように、5枚目のアルバムが出来上がりました。15歳でデビューしてから順調にキャリアを積み重ねている様子が見事によく分かります。大事にされています。

 本作は、「鋭い感性が伝えるパリの息吹き」と帯に書かれている通り、パリでの録音を含む作品です。しかし、選ばれた楽曲は1曲を除いてすべてがアメリカ大陸産です。パリなのにアメリカ。「屋根の上の牛」を思わせるナイスなセンスです。

 レコード会社によると、「音楽に対する姿勢をじっくり考え直す時間を得た彼女が、今後の方向性を模索しつつ、選び抜いた選曲」で、「村治の今と夢が語られているハートフルなアルバムです」。何やら深読みしたくなる書きぶりです。

 しかし、前作がロドリーゴとの対決だったことを考えると、本作で新大陸に飛んだ気持ちも分からなくはありません。民族性と古典性が同居すると言われたロドリーゴですが、明らかに古典寄り。それに比べてこちらは明らかに民族寄りです。

 とはいえ、村治佳織のことです。映画音楽のスタンダードまで含まれていますけれども、決してライト・クラシック的な佇まいではなくて、凛としたクラシックならではの美が損なわれることはありません。艶っぽくて格調高い。若さがいい方向に作用しています。

 選ばれた曲の作者は、米国のアンドルー・ヨーク、パラグアイの天才ギタリスト、アグスティン・バリオス、アルゼンチンのギタリスト、フリオ・サグレーラス、ベネズエラのアントニオ・ラウロ、キューバのレオ・ブローウェルと南米周遊です。

 ここに映画音楽として、「サウンド・オブ・ミュージック」の「マイ・フェイヴァリット・シングス」、「バグダッド・カフェ」の「コーリング・ユー」。そして「ディア・ハンター」の「カヴァティーナ」です。芸術的なセンスの極めて高い編曲を採用していて、格調高いです。

 ヨーロッパのギター曲とはやはり違います。ベネズエラ風ワルツだったり、アストル・ピアソラに捧げるタンゴだったり、リズムに艶があります。そしてトレモロを多用したタッチも情熱的で素晴らしい。これを堂々と正面から弾きこなす佳織さんです。江戸前っぷりがいいです。

 最初の曲、ヨークの「サンバースト」が鳴りだした時、パット・メセニーを思い出してしまいました。畑は違うとはいえ、同じギタリストとして通じるものがあるはず。楽曲も同時代のものばかりですし、そこに無理に衝立をたてる必要などないのかもしれません。

 ところで「カヴァティーナ」だけは英国の作曲家スタンリー・マイヤースの曲です。前作もそうでしたがタイトル曲だけ毛色が違います。ギタリスト、ジョン・ウィリアムスが編曲した聴きやすい曲ではあることは認めざるをえませんが。

 ジャケット、ブックレット、付属のシールはいよいよ佳織さんの魅力全開となっています。アヴァンギャルドなポートレートもある一方で、あくまでモデルではないとアピールしているような写真もあります。こうしてビジュアル解禁となったのもギターへの自信の表れでしょう。

Cavatina / Kaori Muraji (1998 ビクター)