現代音楽の巨人フィリップ・グラスによれば、「アーサー・ラッセルは私にとってもっとも才能豊かで謎めいた70~80年代の作曲家のひとり」です。ラッセルを追っていくと、グラスばかりではなくジョン・ケージやローリー・アンダーソンなどの名前に行き当たります。

 一方で、リチャード・ヘルと共同生活をしたり、モダン・ラヴァーズのアーニー・ブルックスとバンドを組んだり。トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンとは一緒に音楽を作ってもいます。目が眩むようなアメリカ最前線にポジションをとっていた人です。

 バーン曰く、ラッセルは「アヴァンギャルドと、アバのようなポップ・スターになりたいという欲求との間を行ったり来たりしていた」人です。しかし、彼は1992年に41年間の短い生涯を閉じてしまいます。残念ながらポップ・スターにはなれませんでした。

 しかし、その素晴らしい作品は、2004年に彼の作品を発表するために、スティーヴ・ナットソンによって設立されたオーディカ・レコードによって整理された形で世に問われます。再評価の機運は確実に高まり、ラッセルの名前は再び人口に膾炙するようになりました。

 この作品はオーディカによって発表された最初の作品です。二つの音源からなっています。まずは、1985年に完成していたアルバム「コーン」。そして、1980年代後半にラフ・トレードのために録音された未完成アルバムです。

 ラッセルは1986年に彼のチェロとボーカルをベースにしたソロ・アルバムを英国ではラフ・トレードからリリースしています。ラフ・トレードのジェフ・トラヴィスはラッセルに惚れ込んで、さらなるアルバム作りを依頼しました。それがここにようやく陽の目を見たわけです。

 ラッセルの音楽は極めて振れ幅が大きいです。ここでも「アヴァンギャルド/エクスペリメンタルとディスコ/ガラージをつなぐ天才」と紹介されており、この作品はそのうちの「ディスコ/ニュー・ウェイヴ・サイドをとらえた最良のコンピレーション」となっています。

 ラッセルはチェロ奏者であることを基本としています。トーキング・ヘッズの「サイコ・キラー」には彼がチェロを弾いているアコースティック版があります。本作ではそのチェロとボーカル、そしてドラムのプログラミング、キーボードにギターを一人で演奏しています。

 重ねられたシンプルなトラックに数名のミュージシャンを加えただけの楽曲が並べられています。これが何とも言えない。帯の紹介文では「他の誰にも作り得ない、ファジーで浮遊感あふれるサウンドがたまらなく心地好い」とされています。そうファジーなんです。

 シンプルでむき出しのフワフワしたディスコ・ビートがたまらない。ボーカルも含めてハウスの先取りでしょう。何とも悩ましい極上のトラックが続いていきます。同時代に彼のことを知らなかったことが本当に悔やまれます。一生の友だちになれたはずなのに。

 ラフ・トレードのアルバムが頓挫したのは、ラッセルの病気が原因だということです。決してジェフのせいではないようです。そんなことがなくて、予定通り、この作品がラフ・トレードから出ていたら、世の中は変わっていたかもしれません。それほど凄いサウンドです。

Calling Out Of Context / Arthur Russell (2004 Audika)