個性的な天才ピアニストであるグレン・グールドですが、幼少の頃からオルガンも学んでいました。14歳の時には、世界各国のすぐれたオルガン奏者5名が出場するトロントのカサヴァン・シリーズに出演するほどの腕前だったそうです。

 そのグールドが1962年にヨハン・セバスティアン・バッハの「フーガの技法」に挑んだのがこの作品です。グールドはこの時30歳くらい、めちゃめちゃカッコいいジャケット写真に収まっています。ジャケット大賞を差し上げたいくらいの素晴らしい出来です。

 フーガは同じ主題の旋律が提示と応答を繰り返していく形式を指します。その旋律の料理の仕方には模倣、拡大、縮小、転回、ストレットとさまざまな技法があるようです。そんなフーガを極めたのがバッハの「フーガの技法」です。

 バッハがこの作品に着手したのは晩年なのかもっと若い時なのかは異説があるようですが、晩年まで作り続けていたことは確かです。まさに技法を極めるために書き続けてきたものだと思われるため、そもそも演奏すべき作品として書いたのかどうか悩ましいそうです。

 テンポや強弱を示す標語はないそうですし、楽器の指定もなく、各パートを別々の五線紙に書いているとのことです。とすると、演奏されるべきかどうかは別として、誰に頼まれたわけでもなく、自らの発意で自らの楽しみのために書いたことは確かなのでしょう。

 このアルバムではグレン・グールドがオルガンで「フーガの技法」に挑みました。弦楽四重奏を聴いた時にはこの曲は弦楽四重奏のために書かれたに違いないと思いましたが、今日はこれはオルガン曲以外の何物でもないことを確信しています。

 それほどにオルガンにピッタリです。使用されているオルガンはトロント市のオール・セインツ教会にある合計3900本ものパイプを備えるオルガンです。ケベックにあるカサヴァン兄弟が建造したもので、3段の手鍵盤と1段のペダルを有しています。威容です。

 さすがのグールドもこんなオルガンを弾く際には背筋が伸びているのでしょうか。ともあれ、バッハの弟子であるかのようにバッハを弾くと言われているグールドです。端正にならざるをえないオルガンは聴いていて背筋が伸びてきます。

 解説を書いているデイヴィッド・ジョンソンは「『フーガの技法」には人間味とか感情は感じられないが、それらはこの作品が真に目指しているものではない。」、「時と偶然を乗り越えて、純粋な論理の永遠の美しさを湛えている」と書いていますが、納得できません。

 殊更に感情を刺激しようとする音楽ではありませんが、これはこれで人間味に溢れています。いろいろと足していけばどの部分でもプログレ作品として展開可能です。耳によく馴染むんです。グールドのロケン・ロールなオルガンさばきのせいかもしれません。

 純粋論理の永遠の美しさはその通り。時空を超えているというよりも、現代の音楽がバッハの美しい論理の世界によって出来上がっていることがよく分かります。現代音楽のパラダイムはバッハにある。バッハ抜きの音楽はもはや考えられない。インド古典がありますが。

J.S. Bach : The Art Of The Fugue / Glenn Gould (1962 Columbia)