アリス=紗良・オットはドイツ人と日本人の両親を持つピアニストです。わずか20歳でドイツ・グラモフォンからセンセーショナルなデビューを飾って早10年。とはいえ、ますます充実した活動を続ける彼女はまだ30歳。若い若い。

 この作品は彼女が初めてフランスものを集めて録音した作品集です。「このアルバムは、パリに生き、務めをなし、死んでいった3人の作曲家に捧げるものである」と高らかに宣言されています。選ばれたのはドビュッシー、サティ、ラヴェルの三人です。

 最初はパリをタイトルとして、この三人にプーランクを含めた四人の作品を考えていたそうですが、「プーランクがなんとなく全体のコンセプトにそぐわない」ことに気づきます。すると、そもそも「パリ」が適当なのかということになり、結局、「ナイトフォール」に落ち着きました。

 パリというとどうしても浮かれた感じになりますから、この選曲であれば「ナイトフォール」は正解だと思います。これでぐっと締まりました。「昼と夜が対峙し、夜のとばりが徐々に空を覆い、ほんの一瞬、光と闇が調和し、溶け合っていく」。

 選ばれた楽曲はドビュッシーの「夢想」、「ベルガマスク組曲」、サティは「グノシェンヌ」の1番と3番、「ジムノペディ」の1番。最後のラヴェルは、「夜のガスパール」と「亡き王女のためのパヴァーヌ」です。いずれもとても有名な曲ばかりです。

 「夢想」が最初に置かれたのは、「リスナーのみなさんにこれから夢を見ていただくためのイントロダクション」としてです。クライマックスを欠く曲だけに否が応でもこの後の展開への期待が高まります。そしてアルバムは「月の光」を含む「ベルガマスク組曲」へ。

 有名な「月の光」は、ドビュッシーがヴェルレーヌの詩に触発されて書かれた曲です。ブックレットにはその詩が掲載されています。ラヴェルの「夜のガスパール」の基になったベルトランの詩も3篇とも添えられています。言葉とのかかわりもアルバムの動機の一つなのでしょう。

 ついでに、サティに関しても、楽譜に記載された「頭を開いて」といった指示への言及があります。「私の大好きなバンド、ピンク・フロイドの歌詞を彷彿させる」。逢魔が時には魔物ばかりではなく、言葉も蠢く。ピアノの音色は饒舌です。

 「ショパン・プロジェクト」では徹底的に場末のピアノにこだわっていたオットですが、ここでも音色には細心の注意が払われています。最初の一音からして美しい。抜けるような音ではなく、ほどよい闇に丸められたかのような音。これも最新の録音技術なんでしょう。

 その音色で、「ナイトフォール」のコンセプトに沿ったストーリーが展開していきます。お馴染みのサティでは、演歌的なための効いた演奏が素敵です。サティ曲集ではなくて、この並びに入ると一層映える解釈だと思います。

 リサイタルではショパンも弾くそうで、「ショパンの『ノクターン』で夜になり、『夢想」で夢の世界に入ったら、サティのビザールな世界に変わり、最後は『夜のガスパール』でいろいろな悪夢を見ていただきます」。「筋を一本通した」聴き応えのあるアルバムです。

参照:CDジャーナル2018年10月号(前島秀国)

Nightfall / Alice Sara Ott (2018 Deutsche Grammophon)