「わび」というものを感じます。「さび」というものを感じます。まことにもって味わい深いローリン・ヒルのボーカルです。そしてワイクリフは「寒山拾得」の水墨画のようです。「かろみ」というやつでしょうか。融通無碍、自由自在。飄々として仙人みたいなんです。

 もう一人プラースを忘れてはいけませんが、ついついワイクリフとローリンに目が行ってしまいます。トリオの中でこの二人の巨大な才能が出会ってしまったことは大変幸運なことです。90年代を代表するアーティストでしたが、案の定、長続きはしませんでした。

 「ベストヒットUSA」にて初めてフージーズの「キリング・ミー・ソフトリー」を耳にした時の衝撃は忘れられるものではありません。私の世代にはロバータ・フラックによって耳に馴染んだ名曲が、それを超える魅力で迫ってきたんです。ちびりそうになりました。

 この作品は「キリング・ミー・ソフトリー」を含むフージーズのセカンド・アルバムです。前作はぱっとしませんでしたが、この作品は1800万枚を売り上げ、グラミー賞でもベスト・ラップ・アルバム賞を受賞した歴史に残る名盤です。90年代を代表する作品です。

 ジャケットが今一つなことを除けば完璧なアルバムです。ヒップホップを一躍メジャーな存在に押し上げ、聴衆のすそ野を拡大したという極めて大きな功績を残したアルバムです。ヒップホップが当たり前にメジャーになるのはこのアルバムからです。

 まず、全体を貫くミドル・テンポのリズムがいいです。そこに絡むワイクリフとプラース、時にローリンによる、過度に攻撃的でない聞き取りやすいラップが新鮮でした。身の回りのことをラップすることで、返って言葉の力が重い。ぼーっと生きてきたわけじゃない人たちです。

 ワイクリフは9歳の頃にハイチから米国に移住しています。難民です。言葉が重いはずです。そして、ハイチはフランス語の国ですから、ワイクリフ自身は英語ネイティブではないことになります。そのこともラップの聞き取りやすさに繋がっているかもしれません。

 もちろんローリンの歌を忘れてはいけません。「キリング・ミー・ソフトリー」では、ほぼリズム・マシンのみをバックに抑えた調子で歌います。なんてうまいんでしょう。彼女の声は最高のリズム楽器です。歌がリズムであふれかえっています。いつ聴いても泣けてきます。

 アルバム全体に言えることですが、すかすかな感じがいいです。すき間が肺腑をえぐってきます。ミュートの部分に身もだえする感覚は久しぶりです。グラミーのベストR&Bパフォーマンスを獲得したのも当たり前です。

 意表をついたカバーはもう一曲、同じカリブ海つながりでボブ・マーリーの「ノー・ウーマン、ノー・クライ」。これもマーリーのバージョンとは大きく異なりますが、その精神だけはしっかりとカバーして、フージーズのオリジナルに仕上げています。

 歴代のブラック・ミュージックのエッセンスをしっかりと引き継いだ上で、きわめて自由な発想で仕上がったアルバムです。奇跡のようなバランスの上に成立した90年代最高のアルバムの一つです。もっとフージーズのアルバムを聴きたかった。

The Score / Fugees (1996 Ruffhouse)