そもそもイギリスは日本の3分の2くらいしか面積がないにもかかわらず4つの国に分かれた連合王国です。さらに各国の中でも複雑な歴史がありますから、イギリス人の自分の出身地に対するこだわりには結構強いものがあります。

 即興音楽家であり、ピアニストであるトム・ロジャーソンとブライアン・イーノは、共にイングランド東部に位置するサフォーク州の出身であることであっという間に仲良くなった様子です。同郷と聞くだけで嬉しくなるあの感覚です。

 そうして、ロジャーソン2作目となるソロ・アルバムがイーノとのコラボレーションで完成しました。出会いは偶然だったそうですが、地元愛のなせる業でとんとん拍子に音楽制作に至りました。持つべきものは同郷の友です。

 トム・ロジャーソンは伝統的な音楽教育を受けたピアニストです。しかし、17歳の時には現代音楽の作曲家ハリソン・バートウィッスルの指導を受ける傍ら、おんぼろホテルのラウンジでピアノ弾きをするという、やや外れた道に踏み出します。

 その後、ニューヨークでジャズを演奏した後、スリー・トラップト・タイガースなるポスト・ロックのバンドで成功を収めました。こうした試みはロジャーソンに言わせると「自らの象牙の塔からゆっくり落ちてゆく」ためのものでした。クラシックからの逃走です。

 こうしたキャリアを聞くだけでイーノとの相性が抜群であることが分かります。そこに同郷の誼が加わるわけですから、もう怖いものがない。出来上がったアルバム「ファインディング・ショアー」は、ロジャーソンのピアノとイーノのサウンドが溶け合った見事な作品です。

 イーノはモーグのピアノ・バーなる機材に大きな可能性を感じていたそうで、ロジャーソンと出会って、初めて本格的に使う機会を得ました。ピアノ・バーは、アコースティック・ピアノの演奏をMIDI信号に変換できるという代物です。

 ロジャーソンは「それはまさにイーノのクラシックなスタイルで、ほとんど科学的な実験のようだったよ」と語っています。サンプル音などを使ってイーノがプログラムするサウンドとロジャーソンのピアノの相互作用は存分に考え抜かれた方法論が用いられています。

 即興を馴染みのあるものにしないようにするために枠をはめる、サンプル音を流して、そこにピアノ・サウンドを加える、生身のパフォーマーと機械を融合させてギャップを冒険する、などなど。そうしたコンセプトに基づいて制作されているわけです。

 たしかに科学実験的な感触がいたします。しかし、そこは同郷であるということから出発している二人のコラボです。「ああ、これはまるでウッドブリッジの鐘の音だ、これは鳥たちのさえずりで、これは葦が風でなびいているところだなって」。出てきたのは故郷の風景です。

 イーノの一連のアンビエント作品よりも、よりオーガニックで、饒舌に情景を浮かび上がらせてきます。頭で考え抜いて科学的な実験を行いながら、こうした血の通った音楽を生み出してくるのが二人のいいところです。美しい作品です。

Finding Shore / Tom Rogerson with Brian Eno (2017 Dead Oceans)