安全地帯は1980年代のカラオケにおける大定番でした。その数々のヒット曲はカラオケで歌いたい気持にさせるものでした。何と言っても歌っていて気持ちがいい。ただし、自分で歌ってみると、いかに玉置浩二が歌が上手いのかよく分かります。ちょっと残念。

 この作品は安全地帯の4枚目のアルバムにして、最大のヒット・アルバムです。オリコンの週間チャートでは当然1位を獲得しましたし、1986年度の年間チャートでも1位を獲得しています。まさに1986年を代表するアルバムです。

 ヒット曲としては「悲しみにさよなら」と「碧い瞳のエリス」という大定番曲が収録されています。オリコン・チャートよりも馴染みの深いザ・ベストテンのチャートでは両方とも1位になりました。安全地帯がその人気を不動のものとした時期の曲たちだといえます。

 ジャケットやブックレットの写真は東京庭園美術館で撮影されています。とはいえ庭で撮影されているわけではありません。この美術館は皇族の朝香宮家のアール・デコ調の自邸です。この中で、貴族に扮した5人が写っています。

 白金迎賓館として国賓や公賓のために使われてもいた朝香宮邸は昭和8年竣工です。となるとこのジャケットのコンセプトは戦前のハイカラということでしょうか。安全地帯のサウンドをある程度言い表しています。不思議な時代感覚です。

 私は彼らの音楽をもっぱらテレビを通してヒット曲ばかり聴いていました。そうすると、彼らの楽曲はまるで演歌のようだとも言える歌謡曲サウンドなのになぜか新しく感じました。古すぎて新しい戦前歌謡に感じた感覚と似ていなくもない。そこが面白かった。

 しかし、アルバムを聴くと少し考えが変わります。安全地帯の結成は1973年までさかのぼり、「ワインレッドの心」でブレイクするまで実に10年間の下積み生活を送っています。その間、彼らは正真正銘のロックバンドだったわけです。

 その実力は北海道一と言われ、本格的なハードロックも演奏していたそうです。アルバムを聴いていると、その実力のほどが垣間見えます。シングル・ヒットした2曲はストリングスも交えた歌謡曲仕様ですが、その他の曲はそうでもありません。

 ギターやキーボードも活躍しますし、80年代的なサウンドのドラムとベースによるリズムもしっかりしています。誤解していて申し訳ないという気持ちでいっぱいです。玉置浩二のボーカルも演歌というよりもブルースと言えるのだと思い至りました。

 とはいえ、やはり「悲しみにさよなら」はいい曲です。始終頭の中でメロディーが鳴っているという玉置がわずか5分で作ったそうです。それなのにシングルとしても年間1位に輝く名曲中の名曲で、カラオケでも大人気でした。当時の日本はロックよりもやはり歌謡曲でした。

 エモというと使い方を間違えていると言われそうですが、エモーショナルな玉置の天才的な歌唱が、ロックと歌謡曲の絶妙なあわいに周到にアレンジされた演奏を受けて輝いています。これぞ日本の「ロック」です。Jポップの礎を築いたアルバムの一つでしょう。

Anzenchitai IV / Anzenchitai (1985 Kitty)