大野松雄と言えば、何と言っても「鉄腕アトム」の音響デザイナーであったことが真っ先に語られます。アトムのTV放送が始まったのが1963年のことですから、もう半世紀以上も前のことです。特にそのキュッキュッとなる足音は私も覚えています。

 大野は1930年生まれ、このアルバム発表時には何と81歳です。その後も活躍を続けるという高齢化社会に夢を与える存在です。しかもこの作品は79歳の時に行ったオフィシャルとしては初めてのライヴ音源を再構築したものです。

 そのライヴは2009年7月14日に草月ホールで行われています。「yuragi#8」と題されたライヴを再構築したので「yuragi#10」がアルバム・タイトルとなっています。ミックス違いが2曲、合わせて1時間弱の音響体験が出来ます。

 レーベルのサイトによれば、本作は「大野自身が開発し、70年代の音響業界に多大なる影響を及ぼしたサラウンド効果『大野サラウンド』を生かし、オープンリール・テープ他を使用したアナログ・メロディーを全編に鏤めた新曲」です。

 縦横無尽に駆け抜ける電子音は「音があちこちに定位して、音がどこから鳴っているのか音源がわからなくなる。耳のそばで浮遊しているようなサウンド」と本人が語る通りのサウンドです。これは「ヘッドホンではなくスピーカーで聴いてほしい」とのことです。

 大野は「いちど掴んでしまったら、その音は、この世に存在する音になってしまう。存在する音に、僕は興味がない」と語っています。どこまでも音そのものを追い求める音響デザイナーの矜持を示したと言える発言です。

 全編にわたってさまざまな電子音が飛び交いますが、それはいわゆる音楽ではありません。あくまでも構築されたサウンドです。本作の元となったライヴの題名「大野松雄~宇宙の音を想像した男」どおり、ここに展開するのは宇宙の音そのものです。

 サウンドに耳を傾けていると、あちらこちらに、ここからリズムが、あるいはメロディーが展開されてくるのではないかなと思わせるポイントがありますけれども、決してそういう展開にはならない。あくまで宇宙の音を採録したようなサウンドです。

 リズムもメロディーのない音楽など珍しくもないわけですが、そうした作品でもミュージシャンの音楽を作ろうとする意志が感じられます。しかし、ここで展開されているサウンドはそうではないんです。大野は音楽を作ろうとはしていない。

 大野は小杉武久など前衛音楽の分野で活躍するアーティストやタージ・マハル旅行団などとも一緒に作業していますけれども、彼らとも本質的な部分で異なっていると思います。新しい音を生み出そう、宇宙の音を掴もうとする姿勢は唯一無比のものです。

 シュトックハウゼンなどの電子音楽とも異なる独自の世界。音響をデザインすることに徹したサウンドは聴いているとくらくらしてきます。部屋の中にいながらにして宇宙にほおり出されたような体験ができる稀有なサウンドです。

Yuragi#10 / Matsuo Ohno (2011 Headz)