アルスノヴァは1996年7月に「黄泉の女神たち」を日本とヨーロッパで同時発売した後、米国およびヨーロッパのプログレ・フェスに呼ばれ、ツアーも敢行しています。インターナショナルなアーティストとしての地位を確立したわけです。

 しかし、1997年10月にベースの金澤京子が脱退します。熊谷桂子と高橋明子の二人組となったアルスノヴァはそれでも歩みを止めることなく、DEJA-VUなるバンドでベースを弾いていた井下憲をゲストに招いて、この4作目を制作しました。

 プロデューサーのヌメロ・ウエノ氏は、2枚目から4枚目のアルバムの中で、本作品が最高傑作だと断言していました。世間は3枚目の方が好きで、売れ行きもそちらの方がよいそうですけれども、いずれはこの作品の真価が分かるだろうと自信たっぷりです。

 本作品はエジプトの「死者の書」をモチーフにしたトータル・アルバムです。起承転結のある物語性の強いザ・プログレなアルバムですから、プロデューサーとしてはこの作品を一押しするのも頷けます。アーティストとプロデューサーの制作過程での丁々発止が偲ばれます。

 「死者の書」は古代エジプトでパピルスの巻物に書かれた呪文集です。ミイラとともに埋葬されたものが残っているということで、19世紀末に発見され、大英博物館に収まっているものが最も有名です。古代エジプトは神秘の宝庫です。

 アルバムは、神々の名前を冠したプロローグとエピローグ、4つのインタールードで5曲を挟み込む構成になっています。まずプロローグに最高神となる太陽神レー(ラーという名前の方がお馴染み)、エピローグはナイルの神ハピが冠されています。

 インタールードにはラーの息子で鷹ないしは鷲の姿のホルス、ジャケットにも登場する最も有名な姿のアヌビス、鳥か猿の姿が多いトト、天空を支えているシューがそれぞれ登場します。これらの神々とともに死者の書が展開します。

 死者の書は、死んだ者が楽園アアルに至る道行を示しています。そのためには、42の神に尋問を受け、霊界の王オシリス神に無罪判決を受けねばなりません。そしてアヌビスが見つめる中、心臓とマアト神の羽が天秤で釣り合わねばならない。

 それを「アンク」、「ザ・42・ゴッズ」、「フィールド・オブ・アアル」、「ザ・ジャッジメント・オブ・オシリス」、「アニズ・ハート・アンド・マアトズ・フェザー」の各曲で示していきます。インストゥルメンタルで描かれる壮大な神話の世界です。

 そんな神話に思いを馳せながら耳を傾けると、これまでよりは民族音楽的であったり、メロトロンでしょうかオーケストレーションを多用したりと華やかなサウンドに磨きがかかっていて、見事に饒舌です。エジプト神話をアニメにするなら本作を使えそうです。

 今作ではプロダクションに熊谷の名前も初めて入っており、トリオによるインタープレイが魅力だった前2作に比べると、より作り込まれたコンセプトを核とする緻密に構築された建築物のようなスタティックな魅力となっています。さすがは世界のアルスノヴァ。

Reu Nu Pert Em Hru - The Book Of The Dead / Arsnova (1998 Made In Japan)