フェラ・クティは1978年2月、カラクタ炎上から1年たったところで、27人の女性と厳かに結婚式をあげました。何ともコメントのしようがありませんが、とにかく凄い人です。このときばかりは「本当に幸せだった」としみじみと述懐しています。

 しかし、その幸せも長くは続きませんでした。その2か月後にお母さんが亡くなってしまいます。カラクタを襲撃された時、80歳近かったお母さんは兵士たちによって2階の窓から放り出されるという極悪非道な目に合っています。

 結局、それ以降、彼女はずっと具合が悪かったそうですから、当局に殺されたようなものです。お葬式には5万人もの人が参列しました。フェラの人望は大そう篤かったということです。その日は棺が壊れるほどの雨が降り、そのときから雨はお母さんのお告げになりました。

 お母さんの死の責任は当局の親玉、オバサンジョ大統領にあります。そのオバサンジョは選挙の結果、1979年10月に政権を追われます。フェラは母の死の責任があることを知らしめなければならないと一計を案じます。

 交代の前日、フェラと仲間たちは、お母さんの棺を大統領が住むドーダン兵舎の門の前に置くという痛快な挙にでます。もちろん兵舎ですから警備は厳重で、彼らは発砲もされたようですが、きっちりとやり遂げたわけですから、またまた凄いことです。
 
 もちろん帰りには痛い目にあわされ、投獄されています。しかし、これはどうみてもフェラの勝ちです。非道な政権に対して、徹底的に戦うフェラの姿勢はナイジェリアの民のみならず、世界中の人に勇気を与えたものと思います。ちなみにその日も激しい雨が降りました。

 この作品はその出来事を歌っています。タイトルはそのものずばり「コフィン・フォー・ヘッド・オブ・ステイト」、「大統領のための棺」です。両面通して1曲のみですが、歌詞が2部に分かれているので、これまで通りと言えないことはありません。

 前半部は外国からやってきた宗教、すなわちキリスト教とイスラム教を告発する内容です。♪ワカ・ワカ・ワカ♪というコーラスは、ウォーク・ウォーク・ウォークという意味で、そこらじゅうを歩き回って、宗教の腐敗を見てきたぞと告発しているわけです。

 後半部が上記の事件をそのまま歌っています。♪オバサンジョ♪と名前も連呼されています。ジャケットにはその時の写真を使っています。生々しいです。フェラと57人の仲間たちが兵舎に集結する様子が写っています。

 ノンフィクションを歌っているだけに、フェラのボーカルには気合が籠っています。アルバムは一連の事件の集大成でもあったのでしょう。これでこの事件は永遠に語り継がれることになりますし、世界中に広まりました。

 ただし、サウンドは大傑作というわけにはいきません。アフリカ70はこの時期には解散していたと思われます。新たに集結したメンバーの演奏は、どこか単線的です。もちろん、フェラのことですから水準以上ですけれども、ちょっと元気がないように思いました。

参照:「フェラ・クティ自伝」カルロス・ムーア(菊地淳子訳)

Coffin For Head Of State / Fela Anikulapo Kuti (1981 Kalakuta)